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彫刻と原因と――

二年越し……です!

「おかしいと思ったんだよねー」


 そこそこ広い車の中で、腕を組んでうなずいている。


「銘乃さんが瑞高に会いに来るなんてさー」


 リラックスしている様子の空の隣には、身体を硬直させている瑞高が座っていた。

 目はカッと見開かれ、眠る様子は一切ない。

 これも、目の前に向かい合って、銘乃が座っている力だろうか。

 本当に、一言も発しない。


「急でごめんなさい。お詫びに歌でも歌いましょうか?」

「あ、それは、遠慮しておきます」

「あら、そう。残念ね」

「あはははは……」


 実は、銘乃は音痴だ。

 容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、しかし歌だけが……。


「あ、それはそうとして。僕も付いてきちゃってよかったの?」


 今現在、この三人は銘乃の家である病院へ向かっている。


「お父さんがあなたも連れてきてほしいみたいなの」

「へ、僕も? なんか健康診断引っかかったかな……」

「ふふ、健康診断の担当は私のお父さんじゃないでしょ。

 それに、いつも元気で健康なのが空君じゃない」

「あ、そういわれると照れるよー」


 ニッコニコだ。


「なぁ、瑞高。お前、いつまでそうしてるの?

 逆にそれ特技かもよ? 面白人間ショーに出れちゃうよ」


 瑞高の肩をノックする。

 しかしやはりびくともしない。

 微動だにしない。

 呼吸は……している。


「今から病院って事で、緊張しているんじゃないかしら」

「多分そうだと思う……」


 と、一応言っておいた空だが、やはりこれは銘乃さんパワーに他ならないと、心でゆっくりつぶやいた。

 しかし好きな人の前で緊張するのはわかるけど、ここまでとは……。

 空は珍しく真面目な顔でそんなことを考えていた。


 それからしばらく雑談をしていると、車が止まった。

 前の座席の運転手が、到着を知らせてくれた。

 車から降りる時、身体中が鋼鉄のごとき瑞高は、車から降りるどころか、シートベルトさえ外せなかった。

 それを銘乃が助けて、手を引いて降ろしてあげたから大変だ。

 結局、運転手と空の二人で担ぎ上げて病院に入ることになった。


「ちょっと! 本当にしっかりしてってば!」


 運んでくれた運転手に礼を言い、ロダンもびっくりな彫刻作品に変身した瑞高を叩く。

 それでも、まったく動かない。

 ここまでくると空も頭にきた。

 腕をまくり、手の準備体操をし、瑞高の顔面に向き合うと、高速でまつげをはね始めた。

 始めて1分と経たないうちに、瑞高は空のほっぺたを両手で圧縮した。


「緊張はほぐれたが……おい」

「お礼を言う場面じゃないのかな……?」


 二人の間に火花が散り、燃え上がる。


「二人とも、お待たせー。お父さんが入ってくださいーって」


 一瞬にして鎮火。収束。


 診療室に入ると、印象的なヒゲをはやした白衣の先生が座っていた。


「よくきてくれました。前置きはなしにして、さっそく本題に入りましょう」


 言うと、机の上にいくつかの資料を並べた。

 それには波形が書いてあったり、細かい文字がびっしり書いてあった。

 一瞬にしてめまいに襲われた空は、先生を見た。


「あの、これは?」

「脳波です。人間は眠る時に、脳波が変化します。

 これが、眠ろうとしている時のα波、これが浅い眠りのθ波。

 そしてこれが深く眠っている時のδ波です」


 一つずつ丁寧に、資料を指差しながら説明する。


「恥ずかしながら、なぜかはわかりませんが、瑞高君。

 あなたはこのδ波がとても強いのです。

 それは……他人に影響を及ぼすほどに」


 瑞高と空は驚き、先生の顔を凝視する。


「それってつまり……?」

「ええ、今まで瑞高君が眠っている時、触ると眠ってしまったのは、これが原因です。

 原因はわかっても、治せませんが……」


 空は、もやもやして、小さくうなずいて下を向くしかなかった。

 瑞高は、先生の言葉尻が引っかかり、真っ直ぐ先生を見つめる。


「何か、何かできるんですか?」


 小さく息を吐いた後、深くうなずいた。


「ええ、訓練をすれば、抑えられるようになるかもしれません」


 空が顔を輝かす。


「しかし、その訓練はかなり辛く、厳しいものになると思われます。

 前例がないものですから、やっても意味がないかもしれません。

 そうとわかったら、また別の訓練をやることになります。

 正直、一、二年でどうにかなるとは……」


 空は一瞬言葉の意味を理解しかねた。

 しかし瑞高は冷静に

「つまり、中学校や、それと、高校にも通えないかもしれないと、そういうことですか?」


 先生がうなずくより先に、空が机を叩く。


「ちょっと待ってください!! あと少しで卒業なんですよ!?

 その最後の……大切な時に、瑞高はいないっていうことですか!?

 ダメです。そんなの絶対ダメですよ!

 僕達なら大丈夫です。もう慣れていますから。それに――」


 そこで、白衣が言葉を制した。

 少し翻った白衣を直し、先生がゆっくりと口を開く。


「ええ、わかっています。

 ですから、この訓練をするかしないかは、瑞高君にお任せしようと思います」


 瑞高は視線をゆっくり落としていく。

 唇を強く結び、深く呼吸をする。

 空は、どうしようも出来ない己の無力さに、ただいらだつことしか出来なかった。


「すぐに答えを出せとは言いません。

 ゆっくりと考えて、それから答えを出してください」

「いや、すぐに、決めます」


 迷い一切なし、曇らず透き通った目は、覚悟を湛えていた。


「やります。その訓練」

「み、瑞高!」


 肩をたたき、その目に迫る。


「そんなすぐに答えを出せるほど、僕達よりも、体質をなんとかするほうが大切なのか!」

「違う!」


 初めて聞く瑞高の大声に、空は気おされて数歩、後ずさった。


「俺はみんなが大切だからこそ、もう迷惑をかけないように、早く、治したいんだ……!」


 言い返す言葉はなかった。

 言いたいことは沢山あるはずなのに、言い返せはしなかった。

 でも、どうでも言い事は、口から出て行った。


「わかりました。それでは、さっそく」

「先生それじゃあ」

「はい?」

「なんで銘乃さんは、触っても眠らなかったんですか?」


 そう、瑞高が銘乃を好きな理由は、ただかわいいからというだけではなかったのだ。

 寝ている瑞高の身体を触って起こしても眠らなかった、初めての人だったから。

 だからこそ、瑞高は他の男子よりもより強く、銘乃に惹かれたのだった。


 その問いに、先生は苦笑いし、いやぁ、と傍に立つ銘乃を見てこう言った。


「銘乃は、超絶に音痴ですから」

次回、最終回です。

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