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○Uno
夏。まだ暑い日が続く中、僕は豊穣祭で使われる造花の髪飾りをつくっていた。夏場にあまり丈夫ではない身体でも稼げるのは内職だけ。ひとつひとつは安いが数をこなせば明日の生活には困らないほどには稼げる。
赤いリボンを結びつけて二百個目の髪飾りが完成した。ひと段落ついたことだし一休みをしよう。そう決めてふと窓のほうを見ると外の木の真下に影があるのがみえた。太陽が真上に登っている。ああ、もう昼になるのか。
「パンを食べながら本でも読もうか」
木の下なら涼しいだろう。そう思った僕は麦のパンを一切れと読みかけの本を持って外に出た。
木の下は思っていたより涼しくない。それでも時折僅かに吹く風が心地よかった。
今読んでいる創造神の物語の前半はこんな当たり前の景色の中での生活も書き留めている。
創造神は世界を七日間で創造したという。不思議な話だ。全知全能の最高神に作られた創造を司る神が、一瞬でもなく永遠にも近い時間をかけるでもなく、まるで人間が何かを創造するかのように世界を創造しただなんて滑稽でしかない。そうであるからこの世界はこんなにも歯車が狂っているのではないか、なんて思う。
「所詮は人の作った御伽話か」
ふと、頁を捲る音と近くの農園で飼われている羊の鳴き声だけが響く中にバタバタと騒々しい足音が聞こえてくることに気がつく。
「ディノ!」
呼ばれた名前に僕は本から顔を上げた。村で僕の名前を呼ぶ人は少ない。この声は多分、彼女だ。
「僕に何か用?」
顔をあげた先にいたのは長い髪を揺らした女の子。名前はカルディナという。年は僕のひとつ下で夏を越して秋がくれば十六になる。
予想通りの人物に安堵半分、しかし疑心半分で尋ねる。カルディナは僕を一番毛嫌いしている村長の娘。彼女自身は僕によくしてくれるけれど、その本心は分からないからどうしても警戒してしまう。
「前のようには信用してくれないのね。まあいいわ。そう、ディノに用があって来たのよ」
腰に手を当てて呆れた様子でカルディナは言った。彼女の目に太陽の光が映ってキラキラと輝く。僕と同じ海色の目なのに彼女の目はどうしてこんなに綺麗なんだろう。
「そう。で、用ってなんだい?」
羨んでやまないこの気持ちを見られないように僕は無関心を装って彼女の目を見つめる。
「分かっているくせに…前に連れていってくれたあの場所に連れていってちょうだい」
そう分かっている。彼女が何のために僕に会いにきたのかということを。それは僕の背がまだカルディナと同じだった頃、僕の両親と同じように流行り病で母親を亡くして泣いてばかりだった彼女を連れていったあの場所へ再び連れていってほしいということだと。
でもそれは叶わない。
「君をあの場所へは連れていけないし、君とこうして話していることは僕には無駄にしか思えない。読書の邪魔をしないでおくれよ。分かったら、家にお帰り」
見下ろすようになった彼女に感じるのはもう愛おしさではなくなってしまったから。僕は純粋なままではこの村で生きていけないから。だから、あの場所へは連れていけないのだ。
これ以上僕とカルディナが関わるのはどちらにとっても不利にしかならない。
「……分かったわ。また明日来るから」
走り去る後ろ姿に感じる哀愁は幼い頃から彼女が構ってくることが原因だと思いたい。どんなものも、長い時を共にすれば愛着がわく。それと同じだと。僕はこの村の何かに大切にされてはいけない。大切にしてはいけない。この村で大切なのは、自身だけだ。
「また明日、ね」
明日が来ると彼女は信じているんだろう。僕はもう信じられないのに。




