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花崎円の探し物

第2話『月城山のUFO伝説』

作者: 芋子

 青葉に溢れる六月の山。

 しかしその山は今、暗闇と静寂に包まれていた。空には月と星のみが輝き、音は風が草木を撫でるような音が唯一存在しているだけ。

 そんな寂寥感で満たされた山の中に、木々の合間に潜むかのように存在している、四つの影があった。

 影の一つが手に持った黒い機械を操る。かちっというスイッチ独特の音を鳴らし、影はその機械を顔の横に当てる。

「こちら土屋、異常ありません。オーバー」

「了解。引き続き監視を続けろ。オーバー」



「いや……お互い二メートルくらいしか離れてないんですから、直接話しましょうよ」

 僕、高瀬健一は呆れて溜息交じりにそう言った。

 すると目の前にいる女性、花崎円先輩が「風情の無いやつめ」とぼやきながら、その手に持った無骨なデザインをしたトランシーバーの電源を切る。……トランシーバーで感じる風情ってなんだろう?

「しかし暇だな。高瀬、ポーカーしないか? ポーカー」

 ポケットからトランプを取り出す花崎先輩。僕はそれを見て、思わず溜息をつく。

「嫌ですよ。先輩のことだから本当にお金を賭けるつもりでしょう」

 先輩はこの手の賭けごとに滅法強いので、うっかり誘いに乗ってしまうと僕の財布の中身がすっからかんになってしまう恐れがある。親からのお小遣いだけで生活している高校生の僕にとって、そんな事態は本当に避けるべきことだ。

 僕の断固拒否するような態度を見て、先輩は子供のようなふくれ顔をした。いつもは大人な先輩だが、今日はどこかテンションがおかしい。

「じゃあ俺としましょう先輩! ポーカーにはそれなりに自信があるんです」

 僕を押しのけるようにして、背が高く髪の毛をツンツンに立てた男、土屋孝介が言った。

 それを聞き、花崎先輩はにやりと不敵な笑みを浮かべた。先輩は高校生だが、『美少女』というよりは『美人』なので、やはりふくれ顔よりもこういった偉そうな笑い方が良く似合っている。

 花崎先輩はトランプの入ったケースを顔の横で小さく振り、挑発するような感じで言った。

「じゃあ……土屋は今、財布にいくらあるんだ?」

「はい! 二百四十円です!」

「仕方ない。真面目に探そうか」

 さっさとポケットにトランプをしまう花崎先輩。やっぱりお金を賭ける気満々だったぽい。というか土屋は、高校生ならもっと持っていたほうがいいと思うぞ。

 花崎先輩はやれやれ言った顔で、首にかけた双眼鏡を覗きこむ。そしてふと、ある点で視線を固定した。

「ん? 菜々子。どうかしたか?」

 先輩が声を掛けたのは、ふちの太い眼鏡をかけた小柄な女子で、僕と同じ高校二年生、竹部菜々子さんだ。

「ネットが……繋がらない……ケータイも……圏外で……電脳空間の情報から完全に隔離された……」

 見ると竹部さんはノートパソコンを持ってフルフルと震えていた。その姿はまるで捨てられた子犬のようだが、残念ながら、ネットができないという現代っ子らしい理由で落ち込んでいる竹部さんに、愛おしさは全く感じられない。

 震えながらも、自宅から持ってきたというノートパソコンをカチカチと操る竹部さんを見て、僕は少し疑問に思った。

「あれ? ネットできないなら竹部さんパソコンで何やってるの?」

 見ると竹部さんはノートパソコンを開いていた。電源も付いているようだ。

 すると目線をパソコンに固定したまま、竹部さんは小さく口を開いた。

「ソリティア」

「……そこまでしてパソコンを使わなくてもいいんじゃない?」

「愚か。パソコンは人類史上至高の発明品。プログラムの解析だけでも一日暇を潰せる」

「でもソリティアやってるよね?」

「ソリティアは地味にハマる」

 ……そーですか。まぁ、本人が良いならそれでいいけどさ。

「よし、じゃあ次は私にやらせろ。三分でクリアしてやる」

 なぜかソリティアに食いついた花崎先輩。いや、先輩がやったらダメだろう。

「先輩は真面目にやってくださいよ。先輩が「UFO探すぞー」って言って、僕たちをこんな夜中に呼びだしたんじゃないですか」

 腕に付けたデジタルの時計を見る。バックライト機能によって照らされた画面が表示しているのは、午後十時五分。いまどき小学生だって起きている時間だが、学校の裏山で部活動をしているような時間じゃない。

 僕ら四人は今、部活動で学校の裏山に来ている。

 僕らが所属する部活は『オカルト研究会』。その活動内容は、不思議なことに積極的に関わり、調査すること。今までには、心霊写真の撮影や妖怪の実態調査、魔法の有無やツチノコ狩りなんかをやった。

 もちろん、本物のオカルトに出会ったことはない。調査すればその全てが、なんてことはない、その全てが科学で説明できることだった。

 それでも僕らは、飽きもせずにオカルトについて調査している。……いやまぁ、正確に言えばもうかなり飽きてはいる。しかし、部長である花崎先輩にいつも強引に引っ張られ、結局もう二カ月も無意味にオカルトについて調査している、といった次第だ。

今回の調査対象は、僕らが通う久遠北高校の裏にある山『月城山』で昔噂されていたという、UFOの目撃談だ。

 といっても、その目撃情報はかなり少ない。二十年ほど前に一度流行って、当時の久遠北高校ではそれなりに騒がれたらしいのだが、月城山が立ち入り禁止になってからは、ぱったりとUFOの話は聞かれなくなったそうだ。

 そんな話をどこからか仕入れてきた花崎先輩は、すぐに立ち入り禁止の月城山へ忍び込み、調査を開始した。

 その時も四人で調査したのだが、結局特に何も見つからなかった。

 しかし花崎先輩は何か分かったような顔をしていた。そして、その次の日、土屋にこう言った。

『土屋。お前は今日から一週間毎日、夜七時から十二時の間はここにいて、UFOの監視をしろ』

 恐ろしいほどの傍若無人ぶりだった。しかし、花崎先輩にベタ惚れ(本人は隠しているつもり)の土屋は断ることも出来ず、仕方なく毎日、月城山に通っていた。

『一人暮らしをしている土屋だから、家の人に心配をかけなくて済む』というのが、先輩が土屋を選んだ理由だった。理屈は分からなくもないが、五時間も一人で山に居たあと、誰もいない家に帰るのはかなり辛いんじゃないだろうかと、思わず同情してしまった。

 そして一週間たった今日、全員で最後のUFO探しをしている、といった具合だ。

 UFOが見つかるとは思えないが、土屋の頑張りが全く報われないのは少し可哀想な気がする。今回は本当にUFOが出て欲しいところだ。

 そんな可哀想な土屋は、妙にテンション高く空を見上げ、UFOを探していた。よほど今まで寂しかったらしい。皆がいることがすごく嬉しい、といったテンションの上がりようだった。

「あーっ! あれはなんだーっ! ほら、あそこ! ちかちか光っていますよ先輩!」

「あれはウチの天文部だな。今日は天体観測をするらしい」

「あーっ! あっちの空でもなにか光ってる! 先輩先輩! ほらあれ!」

「あれは飛行機だ。落ち着け土屋」

「いやー、先輩と会話できて楽しいなーっ! あははーっ!」

 なんともはや。土屋のあまりのテンションの上がりように、花崎先輩も少し引いている。

「先輩、ここって結構流れ星が見えるんですよ? 願い事してみたらどうっすか?」

土屋がそう言うと、花崎先輩はなにか思うところがあったらしい。顎の下に指を添えて軽く俯いてしまった。

「ふむ、流れ星か……菜々子は何か願いたいことあるか?」

 なぜか土屋ではなく、竹部さんに話を振る花崎先輩。急に話を振られた竹部さんは、少し考えるような顔を浮かべたあと、空を見上げて、小さい声で呟いた。

「土屋が静かになりますように、土屋が静かになりますように、土屋が静かになりますように」

「……竹部さん。一応土屋も一週間一人で頑張ったんだから、さすがにそれは……」

「じゃあ……ネットが繋がりますように、ネットが繋がりますように、ネットが繋がりますように」

「もう諦めようよ!」

「……金、金、金」

「金欲に走りおった!」

「しかも言葉の短さに本気さがうかがえるな」

 先輩の言葉で、ふぅと小さく溜息をついて、再びパソコンに目を落とす竹部さん。……マイペースな人だなぁ。

 さて、と言いながら花崎先輩は僕のほうを向く。

「高瀬だったら、何を願う?」

 先輩が今度は僕に振ってくる。

 土屋が愕然とした顔をしたのが視界に入ったが、これは僕のせいじゃない。極力気にしないことにする。

「そうですね……」

 なんとなく適当に考えてみるが、急に願いなんて言われても、出てこない。

「……特にないですね」

「それは、今の自分の人生が満ち足りたものだと言いたいのか?」

「いえ、そういうわけじゃありませんが……」

 そりゃあお小遣いが欲しいとか、もっと頭が良くなりたいとか、運動神経が良くなりたいとか、色々欲しいものはある。でも、星に願っただけでいきなりそんなものを与えられても、ただ困るだけだろう。いくら金欠でも、拾った財布のお金をくすねるような真似はできないというか……そんな感じだ。

「先輩はどうなんですか?」

「私か? 私だったらもちろん、不思議なことが起こることを願う」

 堂々と言い放つ先輩。土屋はなぜかがっくり肩を落としていた。

「理想としては今の私に霊能力が目覚めるのが良いな。……いや、超能力も捨てがたい。まぁとりあえず、不思議なことが私の周りで起こってほしいよ」

 そう言って空を眺める先輩。その顔はどこか寂しげでありながら、とても綺麗だった。

 土屋もそう思ったのか、妙にそわそわしている。

「お、俺の願いはですね……」

 誰も聞いていないのに、自ら願いを話しだす土屋。……言う前から、なんとなく予想はつく。きっと「花崎先輩と相思相愛になりたい」とか、そんなところだろう。

 声に出すのを躊躇うように、もごもごと口を動かす土屋。そしてゆっくりと、その口を動かした。

「好きな人に、望む物を与えてほしいと願います」

 ――その願いは、予想以上に暖かいものだった。

 土屋は照れくさそうに頬を掻いたあと、双眼鏡で空を見上げた。

「よ、よーし! 流れ星探すぞーっ!」

 探すのは流れ星じゃなくてUFOだろ? と言おうかと思ったが、何も言わないことにした。

 花崎先輩も竹部さんも、僕と同じことを思ったのか何も言わない。皆ちゃんと分かっているのだ。

 たとえ、どっちを見つけたとしても……。

 ――花崎先輩が幸せになれるのに、変わりはないということを。



「えー只今時刻は……十一時四十九分。隊長、もう眠いです。帰っていいですか?」

「誰が隊長だ。いいからもうちょっと待て高瀬、そろそろ来るはずだから」

 花崎先輩のそんな言葉を、僕はぼんやりと聞く。来る? 何が? 眠気?

 頭をカクカクと前後に揺らし、瞼を完全に閉じた状態で眠気と格闘する僕。そんな僕の姿を見て、土屋と竹部さんは同時に溜息をついた。

「まだ十二時前だってのに、小学生かこいつは」

「深夜起きれない高校生なんて高校生にあらず」

 呆れるように言う二人の言葉にさすがにむっとし、気合を入れ直す。

「……で、何を待つんですか? 明日ですか?」

「何だそれは。哲学か? なら『待たずとも明日はやってくる』と、さらに哲学っぽく返してやろう」

「……どーいう意図の発言ですか?」

「意味など無い。哲学は受け取り方次第だ」

 今は頭を使う気にはならない。先輩との面倒くさい会話は早々に切り上げて、ぼんやりと空でも眺めることにする。

 空には『満天の星空』と呼ぶのにふさわしい、圧倒されそうになるほどの数の星が輝いていた。

 しかし、UFOは一向に現れない。当たり前といえば当たり前だが、なんだか物足りない感があるのは否めない。

 そう思った瞬間、僕はあるものを視界にとらえた。

「あ」

竹部さんが小さい声で呟く。竹部さんも僕と同じものを見たらしい。花崎先輩と土屋は気付かなかったらしく、その顔は疑問を浮かべていた。

「今、星が流れた」

 空を指差し呟く竹部さん。そう、僕らが見たのは流れ星だった。

 竹部さんの視線は、消えた流れ星の軌跡を追うように、じっと空に固定されていた。そんな姿を見て、僕は何気なく竹部さんに話しかけていた。

「竹部さん、願い事は言えた?」

「言えなかった。ネットが……」

 やっぱりそれか! この現代っ子め!

「そもそも、星が流れている間に三回も願い事を言うのは無理」

 竹部さんがやれやれと言った感じに首を振る。僕はそれを見て、何となく思い出したことを言う。

「まぁ、実際無理だよね。でも、この迷信が出来たのは、願いを言うことが出来るか出来ないかじゃなくて、思っていられるかどうか、らしいよ」

 僕の言葉に、首を横に傾げる竹部さん。

「要するに、急に星が流れてきたときに、パッと浮かぶほどその願いを強く思っていられたら、その願いは自然と叶うだろうってこと」

 結局は心の問題なのだ。迷信は心の支えでしかなく、願いを実際に叶えるのは自分自身だ。

「自分自身で、叶えてこその願いなんだよ。きっと」

 僕はにっこり笑って竹部さんを見る。竹部さんの目はパソコンでなく、僕をしっかり捉えていた。

 ……しかし、そんないい感じにまとまった雰囲気を、花崎先輩は容赦なくぶち壊す。

「それは違うぞ高瀬」

 腕を組みつつ偉そうな態度で、花崎先輩は笑っていた。その瞳には空に輝く星に負けないような輝きと、強さがあるような気がした。

「星に願いだ。星が叶えてくれるんだ。日常に潜む非日常。ちょっとした困難を乗り越えるだけでなんでも叶えてくれるというミステリアス。それこそが、日常を明るくするスパイスとなる。だから皆、目標を持ちながらも願いを持つんだ」

 そう言って、花崎先輩は空を指差す。その指は空のど真ん中を、この宇宙の先の先を、まっすぐ射抜いているように思えた。


「さぁ願え一年生。UFO伝説の、再来だ」


 その瞬間、空が一斉に流れだした。

 光が次から次へと空へ上がり、すぐに地上へ落ちていく。

 星がいくつも生まれ、その星がすぐに流れて行くようなそんな光景。

 星の色は赤と緑と白と青とピンクとオレンジと……七色を超える光が流れる。

 目にはカメラのフラッシュの時のような黒い影がいくつも残った。しかし、目を閉じることは全くできない。

 圧倒されたのだ。その光景に。

 それが星でなく、花火だと気付いたのは、十秒以上経ってから。

花火の中の花火以外の光に気付いたのは、さらに十秒以上経ってから。

その後ろで、本物の星が流れたのは、さらに十秒以上経った時だった。

 ――願い事。

 不意にそんな考えがよぎった。しかし、僕は何も口に出すことが出来なかった。

 僕の口からは、何の言葉も出てこない。

 僕はその圧倒的な光の流れに、ただ、見とれるしかなかったのだ。

「すごい……」

 ――UFOが、大暴れだ。




『オカルト研究会活動記録』


 月曜日の放課後。僕はカタカタとパソコンを使って文章を打ち込んでいた。


『今回のUFO伝説の犯人は天文部でした、以上』


「こら高瀬、これじゃ何が何だか分からないじゃないか。というかオチを最初に持ってくるな」

 後ろに立って、僕が打ちこむ文章をずっとチェックしている花崎先輩にダメだしされてしまう。

「……活動記録なんですから、オチなんていらなくないですか?」

 僕はそう言いながらも、バックスペースで全部消して、またカタカタとパソコンに打ちなおす。


『月城山のUFO伝説、それは二十年前、ある男の一言から始まった』


 ……こんな書き出しでいいのか?

 不安になって、後ろに立つ花崎先輩の顔を見る。花崎先輩の顔は満足そうなので、多分こんなのでいいんだろう。

 あれから、UFOが大暴れをした金曜日から三日経って、今日は月曜日だ。UFO伝説の謎は土日の間にすべて解明され、こうして月曜日の放課後、僕は部室で今回の調査についてのまとめを書かされていた。

 いままでの活動記録は、すべて花崎先輩が書いていた。しかし今回は、先輩がいきなり「一年生に経験を積ませるのも大切かもしれんな」と言いながら、僕に押しつけてきたのだ。……もしかしたら僕は、花崎先輩が卒業したら、このオカルト研究会の部長にならなきゃいけなかったりするのだろうか?

「ほら高瀬。続きを書け」

「……はい」

 仕方なく、続きを打ち込むことにする。ちなみに他の部員はまだ来ていない。土屋も竹部さんも、それぞれ補習やら呼び出しやらで、部活に出るのが遅れているらしい。そのせいでこの仕事を他の人に押しつけることも出来ない。


『その一言とは何なのか、またそれを言ったのは誰なのか。我々オカルト研究会が調査した結果、現天文部の部長から、その一言についての情報を得ることに成功した』


 ……本当にこんな活動記録でいいんだろうか?


『その一言は「明日は三年生にとって最後の天体観測だ! なぁみんな、折角だから花火でも打ち上げまくろうぜ!」というもので、それを言ったのは二十年前の天文部部長、山崎義男だ』


 僕は溜息をついたあと、続きを打つ。


『当時の部員十人はその言葉に従い、それぞれスーパーなどで売っている打ち上げ花火を持ってきた。十人の部員はそれぞれ、二十発ずつ打ち上げ花火を用意した。つまり合計二百発だ。しかし、山崎義男は加減を知らなかった。彼は一人で五百発もの打ち上げ花火を用意し、さらに趣味で作ったペットボトルロケット三十発を持ってきていた』


 僕は思わず呆れてしまう。全部で七百三十発。それだけあると、花火もただの危険物になりそうだ。というか花火七百三十発って……いくらくらいしたんだろう?


『計七百発の打ち上げ花火と三十発のペットボトルロケット。山崎義男はやめておけばいいのに、その全てを一日で打ち上げることにした』


「やめておけばいいのに、はカット」

 花崎先輩の言う通りカットする。そして続きを打つ。


『細心の注意を払って打ち上げた結果。その花火の光景は芸術的に美しかったらしい。その光景を見た山崎義男は、感動して十分はその場に立ち尽くしていたらしい。しかしその光景を、当時はあまり普及していなかったビデオカメラを偶然持っていた近隣住民が目撃し、写真に収めてしまったらしい』


 ここまでくると、読んでいる人にも何となくオチが読めてきたんじゃなかろうか? まあ推理小説じゃあるまいし、そもそも誰が読むのかわからないし、そんなことどうでもいいか。


『その写真に写っていたものは、瞬く間に近所で噂になった。なぜならそこに写っていたのは美しく無数の色を放つ光と、不規則な軌跡で飛ぶ謎の物体だったからだ。光が花火だという説明はついたが、不規則な軌跡で飛ぶ謎の物体が、蛍光塗料で装飾されたペットボトルロケットだとは、なかなか気付けなかったらしい。これはUFOなのではないか、という噂は瞬く間に広がることとなった。また天文部も、UFO伝説については何も言えない状態だった。まさか真相を語り、『校庭で七百発の打ち上げ花火を打ち上げていました、てへっ』なんて言えるはずがなかった』


 僕は後ろに立つ花崎先輩を、ちらっと確認する……『てへっ』はいいのか?


『そうして出来たのが『月城山のUFO伝説』だ。そしてそれは今年、運命的にも再来することとなった』


 僕はその運命とやらに呆れながらも、続きをカタカタと打ち込む。


『なぜなら現部長の名は山崎良治。二十年前の山崎義男の息子であり、父親と同じく加減を知らない、面白いことが大好きな男だったからだ』


 僕は少し手を止め、「ふいーっ」と息を漏らす。

昨日会った山崎良治先輩は、大柄で筋肉質の男だった。金曜日の打ち上げについて問いただすと「俺だ! 俺がやったんだ! 部員たちは関係ない!」と推理漫画に出てくる真犯人を庇う男みたいなことを言って、他の天文部員を必死に庇っていた。しかもあろうことか土下座までしてきた。

そうとう責任感の強い人なのだろう。先輩も笑って「なに、あんないいものを見せてもらったんだ、感謝こそすれ、教師に言いつけるような真似はしない」と言っていた。


『父親から花火の打ち上げを聞き、山崎良治はそれを真似て、七百発の花火の打ち上げをすることにした。しかし人目に付き過ぎるわけにはいかない。二十年前と同様、変な噂が立ってしまうかもしれないからだ。昔はなんとかバレなかったが、今回はバレるかもしれない』


 ここからが、土屋の可哀想な話だな。


『そのため山崎良治、及び天文部は、打ち上げを決行しようと決めた六月に入ると、近辺の監視を開始した。そしてここ最近毎日、月城山にずかずかと入る怪しい男がいると言うことに気付いた。その怪しい男とは、我らがオカルト研究会の一年生、土屋孝介だ』


 僕は、今頃補習を受けている土屋のことを思い浮かべる。


『花崎先輩は最初に部員四人で月城山に調査に行った時、だいぶ風化していたが打ち上げ花火の残骸が大量に落ちているのに気付いた。そこで、二十年前の月城山のUFO伝説が花火によるものだと気付き、それを裏付けようとした結果、山崎義男及び山崎良治のことを知った。また山崎良治が街中のスーパーを回って花火を購入しているという話も知り、花崎先輩はその花火を自分も見るためにとりあえず土屋を置いておいたのだ』


 土屋がいれば花火は打ち上げられないだろう。そんな「とりあえず」の措置でそうとう苦労する羽目になった土屋には同情したい。


『土屋がいては花火の打ち上げが決行できない。天文部をそんな状態に陥らせた後、花崎先輩は廊下で、山崎良治に聞こえるように土屋と話をした』』


 そこでいったん手を止める。しかし指はすぐにまた動き始めた。


『その内容は「今日も月城山に行くんだぞ。ただ明日の金曜日はお前にも用事があるそうだし、行かなくても構わん。ただ夏休みはずっと山に籠ってもらう。分かったな?」というもの。これはもちろん嘘情報である。そういう情報を流すことで「やるなら明日しかない」という状況に天文部を陥れるのが目的だ』


 そうやって打ち上げの日を操作した花崎先輩は、花火を見ることに成功した。


『そうして打ち上げの日を操作することに成功。そして見ることができた花火は、まさに絶景だった。星が土から生まれ、空に帰るような美しさ。けたたましい音を響かせながら空に描かれる、七百三十の軌跡。闇色に染まった空を、七色を超える色で思い思いに色をつけ、闇を打ち消すような感覚だった』


 少し情景描写に熱が入ってしまったのか、後ろで見ている花崎先輩が小さく笑う声が漏れ聞こえた。

 僕は情景を打ち込む手を止め、いくつか改行してから、締めの言葉を打ち込む。


『以上が今回の『月城山のUFO伝説』の全貌である。今回もオカルトとは無縁であったものの……』


 一つは、一人山に籠って頑張った、土屋のため。

 一つは、情報収集の面で尽力してくれた、竹部さんのため。

 そしてもう一つは、僕らと花火を見るためだけに、最初から謎が解けているオカルトを調査してくれた、花崎先輩のため。

 僕は三人に感謝の気持ちを出来る限り表して、最後の言葉を打ちこむ。


『すごくいい体験だったと、私は思っている』


 これで、保存。ウインドウを閉じて振り返ると、先輩も満足そうな顔をしていた。

「いい体験……だったか?」

 先輩の笑顔の問いかけに、僕も笑顔で返すことにする。

「はい、とても楽しくて、一生心に残るような体験でした」

 みんなで夜の山にこっそりと登って、美しい景色を見る。

 花崎先輩の今回の行動理由は、オカルトではなく、ただそれだけだったのだ。

 僕らと楽しむことだけを、ただ考えてくれていたのだ。

 それは、色々疲れたけれど、十分すぎるほどの見返りと言える。

 先輩は僕が言葉に出さなくとも、僕の表情から全てを読み取ったようだ。いつものようににやりと不敵な笑みを浮かべて、僕の後ろから窓の傍へ移動した。

 外の景色は夕焼けだった。花崎先輩の横顔が、茜色に染まる。黒のロングヘアーが光を帯びてキラキラと輝く。

「……よし、閑話休題だな」

 そう言って、花崎先輩はドアのほうを向く。

 その瞬間、まるでタイミングを見計らったように、部室の扉が開かれた。

「遅くなりましたっ! 先輩! まだいますかっ!」

「……こんにちは。部長、高瀬」

 部室に飛び込んできた土屋と竹部さん。僕と花崎先輩はお互い顔を見合わせ、笑う。

 土屋と竹部さんは不思議そうにしている。花崎先輩はひとしきり笑うと、また、いつものように不敵に素敵に、にやりと笑って言うのだった。



「よし、次はどんなオカルトを調べようか!」


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