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私だって喰われたい  作者: ユノ・サカリス


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11/18

第十一夜《祈って壊れて》

ライブハウスの入り口は、いつもより静かに感じた。

騒がしいはずの開場のざわめきが、耳の奥で鈍く響く。


私は、入場列の最後尾で小さく呼吸を整えながら、鞄の中のチケットを何度も確認していた。

折れ曲がったままの紙片。

昨夜の地獄をくぐり抜けた、それでも生き残った祈りの証。


いつもなら、前のバンドのラスト曲に合わせて会場へ飛び込み、最前を狙う。

少しでもMasakiに近づくため、誰よりも光を浴びるため、靴音を鳴らして走った。

でも今日は、そんな気になれなかった。


開演五分前、バンド差し替えの隙にそっと会場に入る。

できるだけ目立たないように、帽子を深くかぶって。

昨日の“私”を、誰にも気づかれないように。


中列付近の隙間に滑り込み、肩をすぼめて立つ。


そして――

視界の端で見つけてしまった。


昨日のあの女。


後ろの壁にもたれかかり、腕を組み、笑っていた。

表情に余裕がある。

前に出る必要すらないとでも言うような、“見守ってます感”。


――昨日、私、Masakiに喰われました。

 

それが、彼女の全身から漂っていた。


知らなきゃよかった。

見なきゃよかった。

でも、見てしまった。

その顔、その立ち位置、その空気。


癪に触る。


私はもう一度、帽子を深くかぶって視線を落とした。

見つからないように。見られないように。


だけど、ライブが始まった瞬間、

音がすべてを切り裂いた。


ギター。

ベース。

ドラム。

照明。

そして――Masakiの声。


一音目で、全部がどうでもよくなった。


やっぱり、Masakiは神様だった。


叫んで、笑って、跳ねて、泣いて。

周囲の視線も、昨日のことも、頭の奥へ押し込まれていく。

この人の声が、今も私を生かしてる。

それだけは、誰にも奪わせない。


曲が終わるたび、照明が切り替わるたび、私はただ、光を浴びる観客のひとりに戻っていた。


けれど、ライブが終わったあと――

その魔法は、あっけなく解けた。


出口に向かう途中、後ろから声が飛んできた。


「……あ、昨日の援交女じゃん」


ぞくっ、とした。

心臓が凍るような音が、耳の奥で鳴る。


だとしても――

こんな場所で言うか?


Masakiの声を聴いた直後だった。

祈りの空間が、また汚された。


私は顔を上げなかった。

上げたら、泣き出してしまうのか。

それとも、殴りかかってしまうのか。

もう、自分でもわからなかった。


足早に会場を出る。

物販の列には並ばない。

というより、買う金がない。


Masakiの声だけは、今日も受け取った。

でも、それだけだ。

それしか、なかった。


手に何も残っていない気がした。

帰り道の自販機で、110円の水を買って飲んだ。

それが、今日の唯一の“記念品”。


夜の町田の風は冷たかった。

けれど、ポケットの中のチケットの半券は、まだほんのり温かかった。


あの女がいなければ、完璧な夜だったのに。


そう思ってしまう自分が、誰よりも嫌だった。

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