第30話 二人の男を、水に捧げた女
田辺真紀は、二人の男を水に捧げた。
一度目は、十八歳の誕生日に。恐怖と罪悪感の中で、人間としての自分を殺すために。 そして二度目は、その四年後、二十二歳の時に。渇望と意志のもとに、怪物としての自分を完成させるために。
田辺家の巫女にとって、儀式は一度きりではなかった。 最初の儀式は、巫女としての「覚醒」である。愛する者を捧げることで、人間としての時間を止め、人ならざる美しさを手に入れる。しかし、その輝きは永遠ではない。水時計が時を刻むように、その効力もまた、時と共に薄れていく。肌の陶器のような滑らかさは失われ、髪の絹のような艶はくすみ、体の奥で正確に時を刻んでいた時計の歯車が、微かに軋み始める。
それは、人間へと「劣化」していく恐怖。一度手にした神の領域から、死すべき定めの定まった人の領域へと引きずり下ろされる屈辱。
そして、その美貌と永遠を維持するためには、再び水時計を「満たす」必要があった。新たな愛する者を見つけ、その命を捧げることで。
真紀は、その連鎖に囚われた最初の巫女だったのかもしれない。あるいは、過去の巫女たちもまた、語られざる二度目、三度目の儀式を行っていたのかもしれない。
真紀にとって、二度目の儀式は、一度目とはまったく質の違う狂気を孕んでいた。一度目が運命に殺された悲劇なら、二度目は自ら運命を殺した狂劇だった。
一度目の儀式 - 平成二十八年




