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第13話 隣国の王女はヨルに迫る

 ランナは衝撃の後に激しい動悸に襲われる。これはヨルとの言葉の駆け引きであり、心を乱される訳にはいかない。


(落ち着いて……そんなわけ、ない……)


 両親が行方不明になったのはランナが3歳くらいの頃。当時のヴァクトは6歳くらい。不可能ではないが大人二人を殺めたとは思えない。

 それに両親がいつ、なぜ死んだのかは知らない。何も知らないランナには信じられる確かな情報がない。

 感情を抑えながら、意図の分からないヨルの言葉を慎重に探っていく。


「ヨル様は私の両親に会った事があるの?」

「あぁ、あいつらも貴様と同じでオレを殺そうとした。だから殺した。愚かな聖者たちだ」

「両親を侮辱しないで!!」


 ランナの叫びは静寂の神殿の果てしない天井まで届く事もなく虚しく消えていく。

 組んだ腕を解いたヨルは素早い動きでランナの両手首を掴んだ。強い力で押されながら体の向きを変えられて後ろへと下がっていく。


「あっ……!?」


 ランナは祭壇の台に上半身を押し倒された。両足は床から浮いてしまい、背中だけを台の上に乗せられて強く押し付けられる。

 仰向けになった視線の先には、今もまだ両腕を拘束しているヨルの赤い瞳が間近に迫っている。

 その時に分かってしまった。ヨルの瞳はヒルの真っ直ぐな瞳と同じ。認めたくないがヨルは嘘を語ってはいない。


「オレが憎いだろう。憎むがいい、憎しみは愛となり力を生む」


 口説いたかと思えば憎しみを煽る。ヨルが何を言っているのか理解が追いつかない。

 ヨルは拘束しているランナの左手首を持ち上げる。その手を自分の口元まで運ぶと薬指の指輪に口付けを落とす。

 唇が触れると同時に、金の指輪は腐敗していくかのように輝きを失いながら漆黒へと変色していく。

 指先から全身を巡っていくヨルの魔力を感じ取ったランナは身を捩って強く抵抗する。


「……!! いや! やめてっ……!!」

「これで貴様はオレのものだ」


 ヨルはランナに呪いをかけた。ヒルよりも遥かに強い魔力を持つヨルは、金色の指輪の呪いを漆黒に塗り替えた。

 それでもランナの心までは闇に染まらない。自我を保ったままで左手を束縛から振り解くが、その手は思ったように動かない。

 目の前で不敵に微笑む男の頬を叩きたいのに、意思が指先に伝わらない。


(なんで? 私、ヨル様の呪いに支配されたの? いや、ヒルくん……!)


 心と体がバラバラになった感覚で、泣き叫びたいのに感情すら機能しない。

 花嫁と花婿の衣装を纏う二人は、そのまま夜の部を挙げるかのように新たな誓いを立てる儀式へと進む。

 祭壇に飾られたランナという装花を漆黒に染め尽くすために、ヨルは愛という呪いを体に重ねようとする。


(ヒルくん、カレンさん、助けて……!)


 ランナが心で叫んだのは、心を許した愛すべき夫と、心強い味方のメイドの二人の名前だった。

 その叫びに応えるかのように、この場に現れた誰かの凛とした声が響き渡る。


「おやめなさいませ!」


 祭壇の壇下に立つ者が張り上げた声がヨルの動きを止めた。その隙にランナはヨルの腕の拘束から逃れる。


(誰が来たの? カレンさん?)


 聞こえてきたのは女性の声だが、カレンよりも高く通る声だった。ランナは身を起こして階段の下の人物を確認する。

 そこに立つのは、目が覚めるような真っ赤なドレスの貴族女性。隣国の王女・ルアージュだ。


「このような神聖な場所で情事とは、まったく恥知らずですわね」


 ルアージュはドレスのスカートの裾を持ち上げると、赤いハイヒールの足音をコツコツと鳴らして階段を上っていく。

 ヨルは祭壇に背を向けると腕を組んで正面からルアージュを待ち構える。


「ルアージュか。久しぶりだな」

「えぇ、お久しぶりですわ。ヨル・ヴァクト様」


 階段を上り終えてヨルの前に堂々と立つルアージュの声色も表情も穏やかではない。どう見てもケンカ腰だ。

 修羅場になりそうな雰囲気を感じたランナは祭壇の端へと移動して距離を取る。

 それでなくてもヒルとの結婚式の直後にヨルと絡んでいたところを見られたのは大問題だ。どう弁明すれば良いものなのか。


「わたくしを捨てておいて、今はどうしているのかと思えば、ヒル様のお妃様に手を出すとは見損ないましたわ」

「ふん。貴様とは終わった。どうとでも思うがいい」


(うわぁ、やっぱり恋愛のもつれ話だぁ……)


 外野で気配を消したつもりのランナはハラハラしながら成り行きを傍観する。

 しかしウェディングドレスで気配は消せない。真っ赤な憎悪を燃やすルアージュの視線はランナにも向けられる。


「ランナ様は聖女なのでしょう? わたくしも聖女の血を引いておりますのよ。ヨル様は聖女に見境がないのですわ」


 急に話を振られても返答に困る。ただ返事をするならば『その通りですね』としか言えない。ヨルには聖女で正妻のポーラがいるのだから。

 何も言えないランナに代わって、ヨルが悪魔の微笑みを浮かべながらルアージュの怒りを煽る。


「ランナは最強の聖女だ。貴様は聖力が弱い役立たずだと分かったから婚約破棄した。それだけだ」


(え、どれだけよ!? それに私が最強の聖女って何!? 初耳なんだけど!)


 もはやヨルの最悪な発言にツッコミきれない。むしろランナは聖女と呼べないほどに聖力が弱い。

 ヨルは以前から他人格の殺害計画を成せる力を持つ聖女を娶ろうとしていた。それは単にヨルの女遊び……いや、聖女遊びにも見えた事だろう。

 恨みを買っている過去の聖女は大勢いそうで頭がクラクラしてくる。


(ヒルくんと同じ体で聖女遊びしないでほしい)


 それがランナの本音であった。しかし今のこの状況、よく考えたらヨルよりも自分の身が危険かもしれないと気付き始めた。

 それにしてもルアージュの愚痴が止まらない。


「どうりで、ヨル様は夜しか会って下さらないと思いましたわ。とんだ遊び人ですわね」


 ルアージュは陛下の三重人格の事さえ知らない。ヨルが婚約者にも秘密を明かさないのは婚約破棄の可能性も見据えているからだろう。

 婚約して愛する事で聖女の能力を高めて、理想の聖力に到達しなければ捨てる。ヨルにとって愛とは聖女の能力を見極める行為でしかない。

 現状の危機感にヨルは気付いているのか、いないのか。ルアージュの憎悪の熱を加熱させる発言しかしない。


「もう貴様に興味はない。消えろ」

「諦めが悪いですわね。ランナ様はすでにヒル様のお妃様。ランナ様がヨル様の何になると仰いますの!?」


 諦めが悪いのはルアージュの方で、未練に引きずられているのは一目瞭然。未だにヨルの呪いから目覚めていない。

 対するヨルは、なぜか不敵に笑う。全く笑える状況ではないのに。


「ランナがヒルの妃だと? それは勘違いだ」


(いや、勘違いでも間違いでもないけど!?)


 ランナの脳内ツッコミが止まらない。ついさっきヒルと結婚式を挙げたばかりなのに……ヨルは一体、ランナを何だと思っているのか。

 ヨルは祭壇の端で黙っているランナに近付くと片腕を強引に掴む。引き寄せられたランナは、そのままヨルに肩を抱かれてしまった。


「ランナはオレの花嫁だ」


 見せつけるようにして堂々と宣言したヨルの隣で、純白のウェディングドレスのランナは顔まで真っ白に青ざめてしまった。

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