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僕の日記  作者: 冬月響也
1/11

2025/12/25

ふと思いました。

等身大でしか生きてはいけないということを。

私自身、精神が強くありません。

人によっては私の言葉は『逃げてるだけ』なのかもしれませんが、ここは私の考えを書く場、どうか許してください。


さて本題ですが冒頭にも言ったとおりに


"等身大でしか生きてはいけない"


ということに気が付きました。

これはどういうことだと思われるかもしれませんが、頑張るから気分が落ち込んでしまうのです。


私は私、それを受け入れられないから頑張ってしまう。


ここで言う頑張るというものは「練習を頑張る」とか「勉強を頑張る」とか、そういうものではございません。

「生きることを頑張る」ということです。


私は人からの目線が痛いです。

すごく怖く、ナイフで刺されているような感覚になります。


例えばある人に好かれたいとしましょう。

その人からも好かれている、恋人同士だとしましょう。

相手のことを信じてあげることがまずは重要になります。

しかし相手は私とは違う人間。

好きなことも興味があることも違います。

その1つに『話す』という行為があります。

相手の好きな話を私も対等にできるようになりたい。

その努力は認めましょう。

でも実際、相手から見たら苦し紛れで話していることなんてすぐにバレてしまいます。

それどころか、相手の趣味を相手と対等に話せる人間は残念ながら存在するのです。


ここでやめること。


その相手と対等に話せる人間になりたいと思うことをやめなければならないのです。

誰かになろうとするから心が暗く沈んでしまう。

あの子に取られたくない。消えてしまうのが怖い。といった感情からくるものなのかもしれませんが、『誰かになれるように頑張る』というのは最も『自分らしくない』のです。


だから私は等身大でしか生きてはいけないと言うことに気がついたんですね。

頑張ってしまうから自信がなくなる。

頑張ってしまうから自分を信じられなくなる。

自分を嫌いになってしまう。

そういうことなのです。


なぐり書きで読み返してもいませんから誤字脱字、辻褄が合わないなどがあるかもしれませんが、そこは目を瞑っていただきたく思います。

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