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雪月花  作者: 湯灯畳
7/13

第七夜 いつはる

夢を見た。


白い中で、

誰かが倒れている。


駆け寄ろうとした瞬間、

胸の奥を強く押し潰されるような感覚があった。


痛い。


息が、できない。


声を出そうとして、

何も出なかった。




目を覚ます。


薄っすらと見える、木目の天井。


……また、あの夢だ。


何日ぶりか。


あれは、この旅に出る前だったか。


この夢だけはいつも、

不思議とはっきり覚えている。


しばらく、

動けずにいる。


夢の内容は、

断片的でよくわからない。


ただ、

息が詰まる感覚だけが、

妙に現実に残っていた。




昼過ぎまで、

館内の掃除を済ませてから外へ出た。


雪は、

朝より少し落ち着いている。


ざっ、ざっ、と音を立てて、

雪を寄せる。


門の前。

通路。

建物の脇。


体は動くが、

頭はどこか上の空だ。




日が、少し傾き始める。


雪の白さが、

わずかに色を変えた。


そのとき、

視界の端に違和感が入った。


……あれ?


雪が、妙にきれいだった。


踏み跡がない。

掘り返された形跡もない。


なのに、

放っておかれた感じがしない。


新しく積もった雪とも違う。

風に均された雪とも違う。


理由は、わからない。


わからないまま、

足がそちらへ向いていた。




建物の裏手。


視界が、少し開ける。


「……石碑?」


そこには、はっきりと彫られた、「慰霊」の文字。


——見覚えがある。


あの日。

ホワイトアウトに巻き込まれる直前、

確かに、これを見た。


雪の中に、

黒く沈んで見えた石。




ふと見るとその隣にも、

小さな石碑のようなもの。


こちらは小さな字が彫られている。




夕闇に

積もる桜の

透き澄みて

照らせど見ゆるは

夢といつはる




歌碑、だろうか。


こんなものも、

あったんだな。


あの日は、

雪が深すぎて、

隣に何かがあること自体、気づかなかった。




胸の奥が、

ひやりとする。


視界が白く閉ざされていく感覚。

音が消えていく感覚。


一瞬、

あの夜に引き戻されそうになる。




——夢と、いつはる。


何だろう。




指先で、

石に触れそうになって、やめる。


ここは、

長居する場所じゃない。




夕食を終え、

湯から上がっても、

気分だけがなかなか切り替わらなかった。


そのまま、

少し館内を歩く。




背後から、声がした。


「……そんな顔してるなら」


振り向くと、

枕兎が立っている。


「一杯おごる?」


「え」


「バーもあるって言ったの、覚えてない?

 ほんとは掃除してもらうつもりでいたけど」


肩をすくめる。


「まあいろいろ面倒だし、

 掃除はもう私でやることにしたけどさ」




そういえば、

バーはまだ知らない。


断る理由は、

特になかった。




ゲームコーナーの手前を曲がった奥。


バー「耳枕」は、

思ったより落ち着いた空間だった。


照明は低く、

窓に映る雪明かりが、

ゆっくり揺れている。


一瞬、

その景色に目を奪われる。




カウンターに座ると、

枕兎が向こう側に回った。


「……未成年がバーテン?」


思わず、口にする。


「誰が未成年?」


ぴしり、と即答。


「こう見えても私……」


続けて何か言いかけて、

枕兎は口を閉じた。


「……いや、何でもない」




差し出されたグラスを受け取る。


緑のチェリーが鮮やかな——

雪国。


喉を通ると、

さっきの寒気が、少しだけ薄れる。




「……今日、女将さんは?」


聞いてから、

余計なことを聞いたかもしれない、と思う。


枕兎は、

グラスを磨きながら言った。


「表には出てないみたい」


それだけ。




裏で見た石碑。

あの句。


なぜか、

女将の背中が、重なった。


寒さのせいだろう。


きっと。




部屋へ戻る前、

昨夜と同じ廊下に立つ。


ガラス越しに、

外の闇が広がっている。


昼に見た場所が、

どこかこの先にある。


そんな気がした。




雪は、

静かに降り続いていた。




今夜は、

それ以上、考えないことにした。




――第七夜・了

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