第四十九夜 痕
「傷の手当?」
主人は、きょとんとした顔をした。
「俺、気を失う前に……
刀で刺されてたはずなんです」
「刀ぁ……?」
露骨に、引いているのがわかった。
だが、事実だ。
「さあなぁ……
ここに運ばれてきたときゃ、
傷なんて一つも……」
「え……」
不思議だった。
確かにあのとき、
はっきりと、刃が体を貫いた感触があったのに。
けれどどう見ても、
傷跡一つ、残っていない。
――ゆき姉に、また救われた。
ふと、そんな気がした。
忌地は、雪女の仕業、と言っていた。
雪女。
ゆき姉は――
今も、きっとどこかで――
*
「は?
雪女がどこへ行ったかって?」
「はい。
何か、聞いた話でも」
「……んー」
妙に長い間だった。
その沈黙のあいだ、
どこか、哀れみのようなものを
向けられている気がした。
「まあ……
その年なんだし、
わかってるとは思うんだけどよ……」
「雪女ってのは、
本当はいねぇわけで……」
「近づいちゃいけねぇ、
危ねぇものをな」
「子供でもわかるように、
そういう話にしてあるってことでな……」
それを聞いたとき――
胸の奥に、
何かがこみ上げた。
わかっていた、はずなのに。
幽霊だって、
本当はいないのと同じ。
でも――
じゃあ。
この命は――
この想いは――
いったい、誰が――
あの長い、病の床――
あの長い、雪の夜に――
何度も――
何度も聞いた――
あの物語は――
ねえ、
ゆき姉――
また、あのお話。
してよ。
――いいよ。
――してあげる。
その声と――
あの月の光の下で見た、
ゆき姉の姿が――
重なっていた。
――第四十九夜・了




