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雪月花  作者: 湯灯畳
47/59

第四十七夜 白

「……いたい……」


 


声。


 


細い。


擦り切れたような。


 


「いたいよ……」


 


白の奥で、

音だけが先に戻ってくる。


 


「……おかあ……ちゃん……」


 


視界が、

ゆっくりと、滲む。


 


最初に見えたのは――

砕けた刀。


 


折れ、

歪み、

役目を終えた鉄。


 


その傍ら。


 


血に沈む、

はる坊の身体。


 


「……」


 


声が、出ない。


 


喉の奥で、

何かが、詰まる。


 


「……こんな……」


 


掠れた声。


 


「……ことに……なる……なんて……」


 


顔を上げる。


 


雪の向こう。


 


片膝をつき、

子供を庇うように、

身構える男。


 


疵の男。


 


息は荒い。

だが、視線は逸らさない。


 


「……お前のような……」


 


声が、

震えながらも、続く。


 


「……化け物から……」


 


「……人を……救うために……」


 


一拍。


 


「……妻は……」


 


唇が、歪む。


 


「……綾乃は……」


 


それ以上は、

言葉にならなかった。


 


背後。


 


子供が、

男の背に縋る。


 


「……いた……い……」


 


小さな声。


 


「……おかあ……ちゃん……」


 


その瞬間。


 


空気が、

変わる。


 


冷たさが、

意味を失うほどの、

冷え。


 


音が、

遅れる。


 


男と、

子供と、

その言葉が――


 


一斉に、

凍る。


 


白く。


 


硬く。


 


次の瞬間。


 


砕けた。


 


音もなく、

雪に還るように。


 


肉も、

骨も、

悲鳴も。


 


すべて、

欠片になって、

舞う。


 


 


吹雪の向こうから、

人影が、よろめく。


 


雪月花の女将。


 


息を切らし、

目を見開いたまま。


 


「……ゆき……ちゃん……」


 


それだけ。


 


名を呼んだ、

ただそれだけで――


 


足元から、

凍りつく。


 


驚く暇もない。


 


砕け、

崩れ、

消える。


 


 


吹雪。


 


ただ、

吹雪。


 


音も、

動きも、

意味を失った時間。


 


永遠のような、

一瞬。


 


その中で。


 


立ち尽くす、

ゆき姉。


 


「……気づいてた……」


 


声は、

自分にしか届かない。


 


「……あのとき……」


 


視線が、

はる坊の亡骸に落ちる。


 


「……自分の手で……」


 


「……終わらせていれば……」


 


答えは、

ない。


 


ただ、

白が、舞う。


 


やがて。


 


ゆき姉は、

小さく、

背を向けた。


 


「……ごめんなさい」


 


誰に向けたかも、

分からない言葉。


 


吹雪の中へ、

溶けるように、

消えていった。


 


――第四十七夜・了

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