第四十三夜 対峙
朝。
板場の裏。
湯気はある。
鍋の音もする。
――それでも。
疵の男は、
換気口の奥を、
一度、覗いた。
いつも見えていた背中が、ない。
「……」
板場に入り、
短く問う。
「娘は?」
返事は、ない。
*
神社。
境内は、
静まり返っていた。
社の奥。
戸は、閉じられ、
紙一枚、乱れていない。
「……」
疵の男は、
一歩、踏み入る。
人の気配は――
ない。
戸を開け、
床を踏み、
天井を鞘で叩く。
――逃げた、か。
そう判断した、
その時。
「随分と――」
声。
背後。
「物騒なものを、
持っておるな」
振り向く。
爺ちゃんが、
そこに、立っていた。
疵の男は、
刀には、手をかけない。
「……護身だ」
「そうか」
爺ちゃんは、
一歩、前に出る。
「して」
「何をしに来た」
疵の男は、
低く、言った。
「……娘は、どこだ」
爺ちゃんは、
答えない。
ただ、
前に、立つ。
「そうか、
なれば力ずくだ」
男が踏み込んだ、
次の瞬間。
――視界が、跳ねた。
床。
天。
回転。
疵の男の身体が、
宙を、舞っていた。
「……ッ!?」
どうにか、
受け身を取る。
即座に体勢を立て直し、
もう一度。
踏み込む。
触れた――
と思った瞬間。
腕が、
自分のものではない方向へ、
持っていかれる。
足が、
勝手に、浮く。
「この……」
疵の男は、
歯を食いしばる。
「このジジイ……」
「妖術でも、
使うのか」
爺ちゃんは、
息を乱さない。
「技だ」
「人のな」
二人の間で、
空気が、軋む。
刀は、
まだ、抜かれていない。
*
少し離れた場所。
ご神木の影。
(くそ……
最後っ屁だ。
これでも――
喰らえ!)
薬売りは、
凄い形相で、
赤い札のようなものを、
五寸釘で、
ご神木に、
打ち込んでいた。
その瞬間。
だん!
と、
爆ぜるような音。
社の木戸を破り、
跳ね飛ばされる、
爺ちゃん。
それを追うように、
社から――
疵の男が、
悠然と、
姿を現した。
――第四十三夜・了




