↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪月花  作者: 湯灯畳
PR
40/100

第四十夜 花と月

村がまだ遠くに見える、

山道。


疵の男は、足を止めた。


「俺は、ここで降りる」


薬売りが、眉をひそめる。


「あ?」


「用事ができた」


それだけ。


「……ふん、

 勝手にしろ!

 分け前はやらんぞ」


薬売りは、興味を失ったように言う。


「こんな村に何の未練があるのか知らんが、

 とにかく、ろくなところじゃない」


疵の男は、答えない。


ただ黙って、

薬売りが背負っていた荷を解き――


預けていた刀を、

手に取る。


鞘鳴りが、

夜気に、

小さく響いた。


 


*


 


少し前の、昼時。


境内は、久しぶりに賑わっていた。


酒の匂い。

笑い声。

弁当の蓋が開く音。


「今年は、いい桜だな」

「温泉粥も、効いたって話だ」


女将の周りには、人が集まる。

礼を言う者。

笑いかける者。


ゆき姉は、

少し離れたところで、

杯を運び、

皿を下げる。


誰にも、気づかれず。

誰にも、呼ばれず。


それで、いいと思っていた。


 


*


 


祝いの席は、

夜まで続いた。


そして――


笑い声も、

酒の匂いも、

風にほどけ、

境内には、

月だけが残る。


満月。

白い光。


散りきれなかった桜が、

枝に、

地に、

影のように留まっている。


はる坊は、

片付けの名残で、

そこにいた。


ゆき姉も、

同じだった。


言葉は、

交わさない。


交わせない、

というより、

どちらも、

どこから話せばいいのか、

わからなかった。


安心が、

あった。


居場所が、

あった。


その中で――

確かに、

芽吹いてしまったものが、

ある。


ゆき姉は、

それに、

気づいていた。


気づいてしまったから、

どうしていいか、

わからない。


このままでいいのか。

このままでは、

だめなのか。


月明かりが、

桜を透かす。


風が、

ひとひら、

ふたひら。


「ねえ……」


何かを伝えたくて、

ゆき姉が、

振り向きかける。


夜桜の光が、

背に、

肩に、

まとわりつく。


服の気配が、

そこだけ、

消えている。


雪のような白と、

花の影。


そして、

その視線。


生きたいとも、

消えたいとも、

言わない目。


ただ――

「いま、ここにいる」

というだけの、

危うい光。


はる坊は、

それを――


ただ、

そこに、

咲いているだけの――


人ならざる、

透明な、

ゆき姉を――


見つけてしまった。


 


その瞬間、

胸の奥で、

真っ白な何かが――


音もなく、

堕ちた。


 


――第四十夜・了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。