第三十八夜 気運
雪月花は、忙しかった。
温泉粥の評判が、
日に日に増していく。
それが、
手に取るようにわかる。
有名な商家のご隠居、
町の名家のご子息――
これまで、
迎え入れたことのないような、
富貴の人々まで、
噂を聞いてやってくる。
不治の病、
言えない疵――
それぞれが、
それぞれに、
抱えたまま、
笑顔で向き合う――
この村は、
本当に、
人を選ばない。
ゆき姉は、
そのことが、
ただ、
嬉しかった。
*
辻。
薬売りは、
不機嫌だった。
「何か、おかしいな」
声に出したのは、
独り言にしては、
少しだけ、強い。
敷布の上。
箱の中。
昨日と、
ほとんど、
変わらない。
包みの数も、
値も、
並びも。
だが――
人の立ち方が、
違っていた。
足は、
止まる。
視線も、
向く。
けれど、
手が伸びない。
話は、
聞く。
頷きも、
ある。
それでも、
買わない。
「……効き目が、
出るのは、
少し先、でしたね」
そう言えば、
皆、
曖昧に、
笑う。
「ええ、まあ」
「今日は、
もう少し、
様子を見ようかと」
「宿で、
体が、
軽くなったものですから」
その言葉が、
一度、
二度。
重なる。
薬売りの、
眉が、
わずかに、
寄る。
「宿……?」
聞き返すと、
相手は、
気まずそうに、
首を振った。
「いえ、
あの……
雪月花の」
それ以上は、
言わない。
言わなくても、
伝わる。
薬売りは、
包みを、
一つ、
取り上げる。
掌で、
軽く、
転がす。
重さは、
変わらない。
だが、
その感触が、
少し、
遠い。
「……なるほど」
呟きは、
低く、
辻に、
落ちた。
――第三十八夜・了




