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雪月花  作者: 湯灯畳
28/65

第二十八夜 嘘

村は、

変わらなかった。


 


朝。

鍋の音。

湯気。


 


その日、

隣村から流れ着いた、

母と子。


 


事情は、

詳しくは、

聞かれない。


 


「ここ、

 空いてるから」


 


それで、

決まる。


 


誰かが、

拒むこともなく。


誰かが、

強く主張することもなく。


 


ただ、

受け入れられていた。


 


ゆき姉は、

少し離れたところで、

それを見ていた。


 


この輪に、

自分もいる。


 


ずっと、

そう思ってきた。


 


なのに。


 


胸の奥で、

小さく、

音がした。


 


笄の、

冷たさ。


 


「普通に育てて――」


 


あの言葉が、

遅れて、

浮かび上がる。


 


普通。


 


ここにいる人たちと、

同じように。


 


笑って。

年を取って。


 


――隠さずに。


 


それが、

できなかったら。


 


できていないと、

知られたら。


 


今までの、

全部が。


 


ひっくり返る気がした。


 



 


夕方。


水場。


 


大根を刻む。

包丁が、

少し、

ずれる。


 


指先に、

走る感触。


 


――でも。


 


赤は、

出なかった。


 


一瞬、

動きが止まる。


 


その背後で、

気配。


 


はる坊が、

立っていた。


 


目が、

指先に、

落ちる。


 


ほんの、

一拍。


 


はる坊は、

何も言わず。


 


視線を、

外し。


 


「火、

 強いよ」


 


それだけ言って、

向こうを向いた。


 


ゆき姉は、

包丁を、

置いた。


 


胸が、

少し、

あたたかくなる。


 


それが、

怖かった。


 


この人は、

見た。


 


でも、

聞かなかった。


 


聞けるのに、

聞かない距離に、

来てしまった。


 


「ゆき姉」


 


名前を、

呼ばれる。


 


それだけで、

胸が、

詰まる。


 


この呼ばれ方が、

もし。


 


嘘の上に、

乗っているものだったら。


 


自分は、

何を、

返してきたんだろう。


 


笑った顔も。

撫でた頭も。


 


全部。


 


――騙していたことに、

なってしまう。


 


噂話が、

よぎる。


 


雪女。


 


確かめたわけじゃない。


 


でも、

否定も、

できない。


 


はる坊の背中が、

そこに、

ある。


 


優しいまま。


 


何も、

聞かないまま。


 


それが、

一番、

逃げ場がなかった。


 



 


夜。


 


部屋で、

ひとり。


 


笄を、

外す。


 


「普通に――」


 


なろうとした。


なっていると、

信じたかった。


 


でも。


 


もし、

そうでなかったら。


 


ここにいること自体が、

間違いになる。


 


朝になれば、

きっと。


 


何事もなかったように、

声をかけられる。


 


役割も、

居場所も、

用意されている。


 


だからこそ。


 


その前に。


 


全部が、

壊れる前に。


 


自分が、

壊してしまう前に。


 


消えるしか、

なかった。


 


荷物は、

少しだけ。


 


笄を、

握る。


 


理由は、

言葉にならない。


 


誰にも、

うまく、

話せない。


 


だから。


 


――行く。


 


春になる前の、

まだ、

冷たい夜だった。


 


――第二十八夜・了

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