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雪月花  作者: 湯灯畳
27/60

第二十七夜 母

「……きれいだよね、それ」


ゆき姉の髪を、

留めているもの。


銀の、

笄。


「前から、

 つけてたっけ」


「……うん」


「……ふーん、

 そうだっけ」


それだけ言って、

はる坊は、

先に行く。


深く、

考えている様子はない。


いつもの、

調子だった。


 


けれど、

その言葉だけが、

残った。


 


夜。


部屋に戻り、

笄を外す。


指に、

ひんやりとした重さ。


いつから、

身につけていたのか。


はっきりとは、

覚えていない。


 


渡された。


それだけは、

覚えている。


理由は、

聞かなかった。


 


——聞かなくても、

いいと思っていた。


 


思い出す。


昔、

話したこと。


転んでも、

赤くならなかったこと。


怪我をしても、

痛みばかりで、

血が出なかったこと。


 


「人には、

 言わなくていい」


そう、

言われた。


深い理由は、

聞かなかった。


聞いては、

いけない気が、

していた。


 


今夜は、

なぜか、

気になった。


 


神社は、

もう、

人の気配がない。


灯りの下で、

帳面が、

静かに閉じられる。


 


「……お爺ちゃん」


声をかけると、

わずかに、

視線が上がる。


 


「どうした」


 


笄を、

差し出す。


 


「これ……

 どうして、

 くれたの?」


 


手に取ると、

しばらく、

沈黙。


 


「……そうか」


 


「……すまない、な」


 


それだけ言って、

視線を落とす。


 


しばらく、

黙ってから、


 


「これは……

 形見だ」


 


昔の話だと、

前置きもなく。


 


吹雪の夜だったこと。


社の前に、

籠が、

置かれていたこと。


 


中には、

赤子。


その脇に、

この笄が、

添えられていたこと。


 


姿は、

見えなかった。


声だけが、

吹雪の向こうから、

聞こえた。


 


「この子を、

 お願いします」


 


名も、

そのとき、

告げられた。


 


「雪音を、どうか」


 


「普通に――

 育ててやってください」


 


「私のように、

 ならぬよう――」


 


そこまで語られ、

言葉が、

途切れる。


 


「どういう人だったのかは、

 分からん」


 


「だが」


 


「母親だったことだけは、

 確かだ」


 


笄が、

手のひらに、

戻される。


 


胸の奥が、

静かに、

揺れた。


 


驚きは、

なかった。


 


噂話。


雪女。


遠くで、

聞いたことのある、

名前。


笄の冷たさが、

指に、

残ったまま。


名前だけが、

胸に、

沈んでいく。


 


「……私」


声が、

かすれる。


 


「私は……」


 


遮られない。


 


答えも、

急がされない。


 


夜風が、

社を、

通り抜ける。


 


笄が、

かすかに、

鳴った。


 


名は、

そこに、

置かれていた。


 


雪音。


 


それを、

どう受け取るかは、

まだ、

決まらないまま。


 


――第二十七夜・了

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