第二十二夜 初湯
温かな日だった。
山の白は、
いつの間にか、
土の色に戻っていた。
軒先の干し菜が下ろされ、
囲炉裏の火は、
朝だけになる。
それだけで、
村の空気は、
ずいぶん軽くなった。
はる坊は、
もう、寝込んではいなかった。
咳は、たまに。
熱は、もう出ない。
「今日は、湯に行ってみるか」
神主の爺ちゃんが、そう言った。
湯屋は、
村の中央にあった。
湯気を逃がすための、
低い小屋。
壁は、
板と、
岩。
屋根は、
簡素なもの。
湯気が、
ふわりと風になびく。
「お前には、産湯以来だな」
手ぬぐいを渡される。
「まずはこうして、桶に湯を掬って」
胸にかける。
腕、脚にも。
「湯に入る前に、
かけて慣らしてな」
はる坊は、
言われたとおりにした。
湯が肌を流れる。
思ったより熱い。
湯船の縁に、腰を下ろす。
足先を入れる。
びくりと肩が跳ねた。
熱い。
けれど、
逃げ出すほどではない。
「無理はせんでな」
ゆっくり、
腰まで。
それから、
胸まで。
湯は、
思ったより、
やさしかった。
「……もう、
いいかも」
すぐに、
そう言った。
爺ちゃんは、
笑わなかった。
「じゃあ、最後にな」
肩まで、浸かる。
「一緒に、
十、数えよう」
一。
二。
三。
数える声が、
湯に溶ける。
七。
八。
九。
十。
「よし」
爺ちゃんは、
先に立った。
はる坊も、
続く。
外に出ると、
春の風が、
肌に触れた。
寒くはない。
ただ、
軽い。
湯屋の外で、
ゆき姉が待っていた。
「どうだった?」
「……あったかかった」
それだけ、
言った。
爺ちゃんは、
それを聞いて、
うなずいた。
「また来ような」
春は、
もう、
そこまで来ていた。
――第二十二夜・了




