表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪月花  作者: 湯灯畳
14/24

第十四夜 寄り道(後編)

「ううー」


朝食の膳を前に、客は何やらあまり乗り気でない。


夕食は、あんなにきれいに平らげていたのに。


「でもお粥……ありがたいわあ~……」


独り言のように、ぶつぶつ言っている。


朝食は、いつもの温泉お粥。


今朝は、

温泉たまごに海苔の佃煮、

なめこと大根おろしの小鉢。


どこか、いたわりを感じる膳だった。


「まさかさ……」


隣に、枕兎が姿を現す。


「あんなにお酒が弱かったなんて」


「お酒?」


「実は、夕べね……」


どうやら客は夕食の後、

バー耳枕に姿を見せたらしい。


一目でその雰囲気にほれ込んだ客。


例の調子でのベタ褒めに、

気をよくした枕兎。


マティーニを一杯、

おごりと言って差し出した。


見た目の美しさに吸い込まれるように、

客は上機嫌に、スイスイと飲み干した。


――酒だとも知らずに。


そうしてあっという間に酔いつぶれた客を、

どうにか客室まで運んで、

布団に寝かせたのだそうだ。


「それは……お疲れ様でした」


「……それとね」


枕兎が続ける。


「どこかで……見た覚えがあるんだって」


「……何を?」


「あなたの顔」


「……え?」


一瞬、空気が固まる。


「……知り合い?」


「いや、全然」


「……だよね」


他愛もなく、

そんな話をしているうち。


「いや美味しかったわあ~!

 ご馳走様でした!」


何だかんだ、客はすっかり朝食を平らげていた。

それに、声にも張りがある。


……あのお粥は、やはり効くようだ。


「おかげですっかり元気になったし、

 朝もお湯、いただいちゃおうかしら!」


完全に、昨日の調子を取り戻しているようだった。



朝湯から上がり支度を調えた客は、ロビーへ。


「何だかすっかりお世話になっちゃって、

 突然押し掛けたのに、ほんとにありがとね!」


「いえ、こちらこそありがとうございました」


「いい思い出になったわあ~」


「そう言っていただけると」


揃えておいた下足を履くと、

客は揚々と出立していく。


女将ともども、

玄関前まで見送りに出た。


ふと振り返り、こちらをじっと見る。


「ねえ、あなた」


「……はい」


「前にどこかで、会ったことないかしら?」


「……いえ、すみませんが」


「……うーん、そうよねえ。

 人違いかしらね」


からからと笑うと、

手をひらひらさせながら、

軽い足取りで、坂を下りて行った。


まるで、

おつかいの寄り道でもしていたかのように。


 


「そういえばあの人……

 温泉の匂いも、懐かしがってた」


横で、枕兎がぽつり。


坂の途中で、足跡が消える。


見送る女将の眼差しが、

どこか寂しげに見えた。


……気のせいだろうか。


 


そういえば、あの客――


旅姿じゃ、なかったな。


――第十四夜・了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ