第十四夜 寄り道(後編)
「ううー」
朝食の膳を前に、客は何やらあまり乗り気でない。
夕食は、あんなにきれいに平らげていたのに。
「でもお粥……ありがたいわあ~……」
独り言のように、ぶつぶつ言っている。
朝食は、いつもの温泉お粥。
今朝は、
温泉たまごに海苔の佃煮、
なめこと大根おろしの小鉢。
どこか、いたわりを感じる膳だった。
「まさかさ……」
隣に、枕兎が姿を現す。
「あんなにお酒が弱かったなんて」
「お酒?」
「実は、夕べね……」
どうやら客は夕食の後、
バー耳枕に姿を見せたらしい。
一目でその雰囲気にほれ込んだ客。
例の調子でのベタ褒めに、
気をよくした枕兎。
マティーニを一杯、
おごりと言って差し出した。
見た目の美しさに吸い込まれるように、
客は上機嫌に、スイスイと飲み干した。
――酒だとも知らずに。
そうしてあっという間に酔いつぶれた客を、
どうにか客室まで運んで、
布団に寝かせたのだそうだ。
「それは……お疲れ様でした」
「……それとね」
枕兎が続ける。
「どこかで……見た覚えがあるんだって」
「……何を?」
「あなたの顔」
「……え?」
一瞬、空気が固まる。
「……知り合い?」
「いや、全然」
「……だよね」
他愛もなく、
そんな話をしているうち。
「いや美味しかったわあ~!
ご馳走様でした!」
何だかんだ、客はすっかり朝食を平らげていた。
それに、声にも張りがある。
……あのお粥は、やはり効くようだ。
「おかげですっかり元気になったし、
朝もお湯、いただいちゃおうかしら!」
完全に、昨日の調子を取り戻しているようだった。
*
朝湯から上がり支度を調えた客は、ロビーへ。
「何だかすっかりお世話になっちゃって、
突然押し掛けたのに、ほんとにありがとね!」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
「いい思い出になったわあ~」
「そう言っていただけると」
揃えておいた下足を履くと、
客は揚々と出立していく。
女将ともども、
玄関前まで見送りに出た。
ふと振り返り、こちらをじっと見る。
「ねえ、あなた」
「……はい」
「前にどこかで、会ったことないかしら?」
「……いえ、すみませんが」
「……うーん、そうよねえ。
人違いかしらね」
からからと笑うと、
手をひらひらさせながら、
軽い足取りで、坂を下りて行った。
まるで、
おつかいの寄り道でもしていたかのように。
「そういえばあの人……
温泉の匂いも、懐かしがってた」
横で、枕兎がぽつり。
坂の途中で、足跡が消える。
見送る女将の眼差しが、
どこか寂しげに見えた。
……気のせいだろうか。
そういえば、あの客――
旅姿じゃ、なかったな。
――第十四夜・了




