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雪月花  作者: 湯灯畳
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第十三夜 寄り道(中編)

「ええー!?

 これをお客さんに出すってんですか!?」


「まあ、盛り付けだけ……それっぽく」


厨房で酒猿に告げると、驚いた顔をした。

だが次の瞬間、照れくさそうに笑う。


まんざらでもないらしい。


西京味噌にひと仕事した、独特の甘い香り。

それを焦がし、鴨肉の燻製と一緒に素朴な皿へ。

添えられた柚子と香草が、妙に洒落ている。


いつもながら、酒猿の天才ぶりには舌を巻く。

一体どこで、こんな料理を覚えたのだろう。


――猿だというのに。



白飯と吸い物、香の物を添えた一膳に仕立て、客間へ運ぶ。


「お待たせしました」


客は料理を見るなり、露骨に顔をほころばせた。


「あらまあ~……素敵!」


「いただきます」と、さっそく一口。


「んんー!」


目を丸くして、すぐに幸せそうなほっこり顔。


完全に、酒猿の勝ちだ。


しかし、うまそうに食べる様子を横で見ていると――


ぐぅ。


腹の虫が、盛大に鳴った。


「……あら、ごめんなさいね。

 一人で食べちゃって!」


客が気を遣う。


「まかないなんでしょ、これ?

 せっかくだから、皆さんもご一緒にいかが?」


「え、いいんですニャ?」


横で見ていた湯猫が、即座に喰いつく。


「お料理は、みんなでいただく方が美味しいじゃない?」


その好意に甘えて、酒猿も枕兎も、それぞれ膳を整える。

揃ったところで、改めて「いただきます」。


「今日のはまた、特別に美味ね」


枕兎が、珍しく褒めた。


「すいやせんね、お客さん。

 こんな実験みたいなモノお出ししちまって……」


「あら、そんなご謙遜!」


いつもは勝手に取るまかないが、

今日はなぜだか、ご馳走に見えた。



食後。


「……はぁ~。美味しかった、とっても!

 ご馳走様でした」


「いえ。喜んでいただけたなら、何よりでさ」


酒猿が深々と頭を下げる。

そのまま玄関へ――と思ったところで、客が廊下の先に目を留めた。


「あれは……?」


「ああ、温泉卓球です」


「タッキュウ?」


誰もいない卓球ルーム。

ラバーの、あの甘ったるい匂い。

静かな空間を、客は興味深げに見渡した。


「いいじゃない、この感じ!」


どうやら気に入ったらしい。


「卓球っていうのはですね……」


ラケットを持たせ、軽く打ち返してみせる。


「こうやって、ぽん、ぽん、って」


一度。

二度。

三度目で――もう要領を掴んだ。


「……こうね!」


ぱちん、と鋭い音。


「……え?」


球が、妙に速い。


「……ちょ、ちょっと待って」


追いつかない。


「楽しい! これ、楽しい!」


完全に火がついている。


「……あ~あ」


傍で見ていた湯猫が、ため息混じりに言った。


「どうやら、ワガハイの出番ですニャ」


悠々とラケットを構え、客と対峙する湯猫。


飛んでくるスマッシュを、軽々と返す。

目で追えないようなラリーが続く。


なんだ、これ。



激闘の果て。


息を切らしてぶっ倒れる客と湯猫。


「……やるね、猫!」


「お客さんも、ですニャ!」


妙な友情が芽生えていた。


二人とも、和装にスリッパ。

それでいて動きだけ、異様に速い。


フィジカルおばけ、というやつか。


「……そうだわ。ここ、温泉旅館なのよね?」


「ですニャ!」


「最近、肩こりもひどいし……

 せっかくだから、お湯もいただいちゃおうかしら」


「是非にですニャ!」


客はそのまま、湯猫に案内されて湯へ向かった。



ほどなくして、浴衣姿で戻ってくる。


食事だけ、と言っていたのに。

……これは、このまま泊まる流れじゃないか。


「ねえ湯猫、これは?」


「ああ、マッサージチェアですニャ」


「まっさーじちぇあ?」


「つまり……からくり仕掛けの按摩さんですなのニャ」


「へえ~!」


そんなものにまで、いちいち新鮮な反応。

やっぱりこの客は――


「肩こりにお悩みなら、試してみますニャ?」


座らせて、スイッチを入れる。


「んなななななな……」


「なななににに、こここれれれ、わわわ……」


子供みたいだ。


見ていると、まるで自分の幼少期を思い出すようで、

妙にほっこりしてしまう。



「あー、肩が軽くなったわあ~!

 ありがとね、湯猫!」


「それは良かったですニャ!」


客は窓の外を見て、ふと声を落とした。


「あら……すっかり暗くなっちゃった」


山の夜は早い。

坂道も、昼とは別物だ。


「……まあ、たまにはいいかもね」


そう言って、くすりと笑う。


「今日は泊まっていくわ」


――やっぱり。


胸の奥で、小さく何かがほどけた。


――第十三夜・了

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