第十三夜 寄り道(中編)
「ええー!?
これをお客さんに出すってんですか!?」
「まあ、盛り付けだけ……それっぽく」
厨房で酒猿に告げると、驚いた顔をした。
だが次の瞬間、照れくさそうに笑う。
まんざらでもないらしい。
西京味噌にひと仕事した、独特の甘い香り。
それを焦がし、鴨肉の燻製と一緒に素朴な皿へ。
添えられた柚子と香草が、妙に洒落ている。
いつもながら、酒猿の天才ぶりには舌を巻く。
一体どこで、こんな料理を覚えたのだろう。
――猿だというのに。
*
白飯と吸い物、香の物を添えた一膳に仕立て、客間へ運ぶ。
「お待たせしました」
客は料理を見るなり、露骨に顔をほころばせた。
「あらまあ~……素敵!」
「いただきます」と、さっそく一口。
「んんー!」
目を丸くして、すぐに幸せそうなほっこり顔。
完全に、酒猿の勝ちだ。
しかし、うまそうに食べる様子を横で見ていると――
ぐぅ。
腹の虫が、盛大に鳴った。
「……あら、ごめんなさいね。
一人で食べちゃって!」
客が気を遣う。
「まかないなんでしょ、これ?
せっかくだから、皆さんもご一緒にいかが?」
「え、いいんですニャ?」
横で見ていた湯猫が、即座に喰いつく。
「お料理は、みんなでいただく方が美味しいじゃない?」
その好意に甘えて、酒猿も枕兎も、それぞれ膳を整える。
揃ったところで、改めて「いただきます」。
「今日のはまた、特別に美味ね」
枕兎が、珍しく褒めた。
「すいやせんね、お客さん。
こんな実験みたいなモノお出ししちまって……」
「あら、そんなご謙遜!」
いつもは勝手に取るまかないが、
今日はなぜだか、ご馳走に見えた。
*
食後。
「……はぁ~。美味しかった、とっても!
ご馳走様でした」
「いえ。喜んでいただけたなら、何よりでさ」
酒猿が深々と頭を下げる。
そのまま玄関へ――と思ったところで、客が廊下の先に目を留めた。
「あれは……?」
「ああ、温泉卓球です」
「タッキュウ?」
誰もいない卓球ルーム。
ラバーの、あの甘ったるい匂い。
静かな空間を、客は興味深げに見渡した。
「いいじゃない、この感じ!」
どうやら気に入ったらしい。
「卓球っていうのはですね……」
ラケットを持たせ、軽く打ち返してみせる。
「こうやって、ぽん、ぽん、って」
一度。
二度。
三度目で――もう要領を掴んだ。
「……こうね!」
ぱちん、と鋭い音。
「……え?」
球が、妙に速い。
「……ちょ、ちょっと待って」
追いつかない。
「楽しい! これ、楽しい!」
完全に火がついている。
「……あ~あ」
傍で見ていた湯猫が、ため息混じりに言った。
「どうやら、ワガハイの出番ですニャ」
悠々とラケットを構え、客と対峙する湯猫。
飛んでくるスマッシュを、軽々と返す。
目で追えないようなラリーが続く。
なんだ、これ。
*
激闘の果て。
息を切らしてぶっ倒れる客と湯猫。
「……やるね、猫!」
「お客さんも、ですニャ!」
妙な友情が芽生えていた。
二人とも、和装にスリッパ。
それでいて動きだけ、異様に速い。
フィジカルおばけ、というやつか。
「……そうだわ。ここ、温泉旅館なのよね?」
「ですニャ!」
「最近、肩こりもひどいし……
せっかくだから、お湯もいただいちゃおうかしら」
「是非にですニャ!」
客はそのまま、湯猫に案内されて湯へ向かった。
*
ほどなくして、浴衣姿で戻ってくる。
食事だけ、と言っていたのに。
……これは、このまま泊まる流れじゃないか。
「ねえ湯猫、これは?」
「ああ、マッサージチェアですニャ」
「まっさーじちぇあ?」
「つまり……からくり仕掛けの按摩さんですなのニャ」
「へえ~!」
そんなものにまで、いちいち新鮮な反応。
やっぱりこの客は――
「肩こりにお悩みなら、試してみますニャ?」
座らせて、スイッチを入れる。
「んなななななな……」
「なななににに、こここれれれ、わわわ……」
子供みたいだ。
見ていると、まるで自分の幼少期を思い出すようで、
妙にほっこりしてしまう。
*
「あー、肩が軽くなったわあ~!
ありがとね、湯猫!」
「それは良かったですニャ!」
客は窓の外を見て、ふと声を落とした。
「あら……すっかり暗くなっちゃった」
山の夜は早い。
坂道も、昼とは別物だ。
「……まあ、たまにはいいかもね」
そう言って、くすりと笑う。
「今日は泊まっていくわ」
――やっぱり。
胸の奥で、小さく何かがほどけた。
――第十三夜・了




