第十一夜 宴(後編)
目を覚ますと、
障子の向こうが、うっすら明るかった。
昨夜は、ずいぶん騒いだ気がする。
頭は痛くない。
酒は、ちゃんと抜けている。
枕元で、
充電器につないだままのスマホを見る。
時刻は、進んでいる。
だが、電波はない。
……まあ、そうだろう。
廊下に出て、いつもの洗面。
支度を調えて、今朝も配膳の手伝いへ。
途中、
向こうから浴衣姿の客が歩いてきた。
手には、小さな手拭い。
髪は少し湿っている。
「おはようございます」
声をかけ、会釈。
「あ、夕べはどうも」
客は照れ笑いを浮かべながら、
頭をかいた。
「いやあ……お恥ずかしい話、
途中から記憶がなくて」
「いえいえ、楽しんでいただけたようで」
「粗相、してませんでした?」
「……ええ、大丈夫でした」
それを聞いて、
ほっとしたように胸を撫で下ろす。
「しかし凄いですね。
あれだけ飲んで、朝風呂ですか」
「ええ、朝風呂だけはね、
どうしても外せないんですよ」
冗談めかして笑う。
やがて朝の匂いが、
廊下の奥から流れてきた。
香ばしい焼き魚の匂い。
*
朝食は、
女将の温泉おかゆ。
湯気の立つ土鍋。
添えられた小鉢。
客はおかゆを取ると、
ふうふうと吹いてから一口含む。
「……ああ」
しばらく、匙が止まる。
そしてぽつりと、息を漏らす。
「飲んだ翌日というのは、まさに、
まさにこういうのが一番……
沁みますなあ」
何度も、頷きながら。
「不思議だなあ。
腹じゃなくて、
胸の奥にじんわりと」
やがて綺麗に平らげると、
深く頭を下げた。
「ご馳走様でした」
*
出立の支度を終え、
客はロビー横の土産物コーナーを眺める。
しばし考え、
やがて小さな湯のみを手に取る。
「これにします」
受け取った枕兎が訊ねる。
「……お土産用、ですか?」
「……ええ」
少し照れたように笑う。
「家内がね、
毎日、仏壇に手を合わせてくれてるんです」
その言葉に、
一瞬だけ、空気が止まった。
「……私は、家内と共にこの山で滑落しまして。
気づいたら、一人でここに来てました」
それ以上は、何も付け加えなかった。
丁寧に包まれた湯のみの箱。
静かに胸に抱く。
「これを、置いてやりたいんです。
……ここに、泊まったこと」
誰も、
否定しなかった。
玄関先で、
皆が並ぶ。
枕兎も、
湯猫も、
酒猿も。
女将は、
一歩前に出て、頭を下げた。
「……お気をつけて」
客は、
深く礼を返した。
そして、
振り返らずに坂を下っていく。
雪の上に、
足跡がつく。
だが、
それはやがて、静かに消えた。
「……行きやしたね」
酒猿が、呟く。
女将は、
小さく頷いた。
「ええ」
それだけ。
宿は、
また静かになる。
だが、
確かに。
一人分、
あたたかくなっていた。
――第十一夜・了




