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雪月花  作者: 湯灯畳
10/14

第十夜 宴(中編)

「失礼いたしやす」


酒猿の声とともに、

客室の襖が静かに開いた。


盆の上には、

彩りの先付け、五徳に乗った鍋物、山菜の小鉢。

焼き色香る岩魚に、艶やかな湯波刺し。

巻き湯波天は、抹茶塩で。


湯気と一緒に、

ほのかな出汁の香りが広がる。


「お待たせいたしやした」


頭を下げる酒猿に続き、

軽く会釈しながら膳を運び込む。


「おお……」


客は、

思わずといった様子で声を漏らした。


「これは……

 さすが山の宿という他はありませんなぁ」


「ありがとうございやす。

 どうぞ、温かいうちに」


鍋に火を入れると、

客は程なく箸を伸ばした。


一口、

二口。


ほう、と感心したようなため息。


「……なるほどこれは、やはり必要ですかな」


そう言って指でくいっと呷る仕草をしながら、

ちらりとこちらを見る。


「燗はどうしやす?」


「寒いですからねぇ……

 熱燗でお願いできますかね」


「へい」


酒猿は、迷いなく応じた。


程なくして戻ってくると、

盆の上に徳利が一本。


「どうぞ」


「おっとと」


酌を受けると、客は一息に含んだ。


「……っかぁー」


「いい飲みっぷりですね」


酒猿が言うと、

客は上機嫌にうなずいた。


「料理も酒も極上ですな……

 文句のつけようがありません」


「恐れ入りやす」


「……そうだ、大将も一杯どうです?」


「……いやぁ、仕事中ですんで」


「まあそう言わず、一杯くらいなら」


「いえ、しかし――」


二度、三度、

やり取りが続いて。


「……そうですか?」


結局、酒猿は杯を受け取った。


その一口が、境目だった。



「ぅおっほん!」


突然の、

やけに通る咳払い。


「では……

 ここで一曲失礼して」


いつの間にか、

酒猿の手にはマイクがある。


……どこから出てきた。


疑問を口にする間もなく、

どこからともなく伴奏が流れ出した。


「……あ~あ、

 始まってしまいましたニャ」


いつからそこにいたのか、

隣で湯猫が肩をすくめた。


「聴いてください、

 酒猿十八番、ちぎり船」


ちぎり……船?


♪ 冬の波間に ちぎり船

♪ 男度胸の 腕が鳴る


どう聞いても漁師の歌。

雪山の宿で、山の幸フルコースなのに。


だが、酒猿はお構いなしだ。


拳を握り、朗々と歌い上げる。


……そして二番。

聴いていると、何か歌詞の雲行きが怪しい。


♪ 焔と化けて 掴み獲れ

♪ 俺の舟券 ちぎり船


……これ、

漁師の歌じゃない。


「まさかの、競艇……」


「……ですニャ」


湯猫が、淡々と答えた。


歌が終わると、客は大きく手を叩いた。


「いよっ、大統領~!」


完全に出来上がっている。


「ありがとうございやしたー!」


酒猿は、

まるでスポットライトでも浴びているかのように、

満足げに一礼した。


「……さて、こうなっちゃあもう、とっておきですぜ」


そう言って、

奥から取り出す一升瓶。


「これは、あっしからのご祝儀というこって」


淡雪神恵、大吟醸の文字。

見るからに高そうな酒だ。


「口開けですんで、

 波流のダンナも、どうです一杯?」


「え……マジですか」


断れない空気。

だが、アルハラとは違う。


一口。


……これは、危ない。


磨き上げられた芳醇甘口、というやつだ。


透明なのに、確かな旨味。


こんな酒を、一体どうやって仕入れて――


いや、それはいい、今は。


「じゃあ、はい、はーい」


客が、満面の笑顔で、

おもむろに手を挙げる。


「ここはボクも一曲、

 歌わせてもらいますよー」


もはやろれつが回っていない。


「剛田の血がねー、騒ぐんですよ」


「いや、それはダメなやつでしょー」


笑い声が、どっと起こる。


気付けばみんな、祭りのようにやかましい声。


明日はもう、声が枯れているかもしれない。


だが――




こんな気分は、何年ぶりだろう。




そうして――

宴の夜は、更けていった。


――第十夜・了

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