第二話 白の列
荷運びの仕事を終えたエリオットは、貧民街フラムの路地裏に腰を下ろした。
背中を壁に預け、黙って空を見上げる。日差しはまだ強く、瓦屋根の隙間から射し込んだ光が、埃の舞う空間を照らしていた。
今日も、終わった。
だが、それだけだった。
手元には銅貨が三枚。誰かに奪われればそれまでの、力なき者の報酬。
乾いた喉に触れる水も、腹を満たす食べ物も、この通りでは油断すれば消えていく。
だがエリオットは、しばらくその場を離れなかった。
焦っても何も変わらないと、もうわかっていたからだ。
しばらくして、地鳴りのような音が耳に届いた。
馬の蹄の音。人々のざわめき。武具の金属音。
何気なく立ち上がり、埃を払う。
路地の隙間から通りを覗いたエリオットの目に、それは映った。
――白の騎士団。
王都直属の精鋭部隊。その名はフラムにも届いていた。
揃いの白い鎧。槍を立てて進む姿は、まるで物語の中の英雄のようだった。
ひときわ目を引いたのは、先頭を行く一騎。
全身に纏った鎧は光を反射し、馬は筋肉の線が浮かぶほど美しかった。
その騎士が見た目だけで他の兵と違うことは、素人目にもはっきりわかった。
エリオットは息を飲んだ。
強い、と直感で思った。かっこいいとも、羨ましいとも思った。
自分とは違う世界にいる人間。
泥と埃の中に生きる自分には、到底届かない場所。
でも――
(あそこに、俺がいたら)
不意に湧いた想像に、胸が高鳴った。
笑われるような妄想だった。それでも、心のどこかが確かにそれを求めていた。
(変わりたい。……いや、変えてやる)
遠ざかっていく白の列。
その背を、エリオットはずっと見つめていた。
(第二話 • 完)