第一話 干からびたパン
陽が昇るより前に、目を覚ました。
寝床は壊れた屋台の下。毛布代わりの麻袋には泥が染みついていて、寝返りを打つたびに冷気が背中を突き刺す。頭上ではまだ空が薄暗いままだった。
俺の名前はエリオット。この“フラム”という貧民街で十四年、生きてきた。
王都ヴァルハイト――栄華と権力の象徴のような場所。そのすぐ外れに広がるこのスラム街には、貧乏人と浮浪者と死にかけの子供しかいない。誰も助けてくれないし、期待もしない。そういう空気が街中にこびりついてる。
俺の両親も、この街で死んだ。母は寒さで肺をやられて、父は薬を手に入れようとして刺された。気づけば独りだった。
「……腹、減ったな」
そう呟いて、ポケットに手を突っ込む。中にあるのは、昨日拾った干からびたパンの欠片ひとつ。もはや色も茶ではなく灰色に近く、固すぎて歯が折れそうだ。
それでも、食うしかない。口に放り込み、水で流し込む。
喉を通る感覚さえ重たい。でも、こうして生きてる。
「……今日も、どうにかして稼がねぇとな」
成り上がりたい。理由はない。ただ、この街の中で生まれて、この街のままで終わるなんて絶対に嫌だ。金持ちの坊ちゃんみたいに、屋敷でぬくぬく育つことはできなかったけど――
せめて、自分の足で、自分の道をつかみ取りたい。
「なあエリオット、今日も荷運びの仕事出るらしいぜ。西門のとこで」
同じく路上暮らしの少年が、泥だらけの顔で言ってきた。歳はたぶん十くらい。名前は覚えていないが、たまに食い扶持の情報を教えてくれる。
「よし、行ってみるか」
立ち上がる。骨がきしむ音がした。
寒さと空腹に震えながらも、足は前に進む。今日は何か掴めるかもしれない。ほんの少しでも金を稼げれば、それだけ生き延びる可能性が上がる。
その先に何があるのかなんて分からない。けど俺は、この街を出たい。いや、この街から“這い上がりたい”。
フラムで生きて、フラムで終わるなんて、まっぴらごめんだ。
(第一話・完)