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1. 面接をしましょう

 

 大学や大きな病院、連携している薬局が連なる一角。メイン通りから一般細道に入ったところ。

 二階建ての家に見える、きれいめな診療所。私の職場です。

 朝出勤して初めにすることは、あちこちの診療所内の照明点灯、機械類の立ち上げ。

 医療機関としては小規模です。しかし、一人で回ると部屋が多くて意外と時間がかかります。


 概ね準備ができたころに、ぱたぱたと足音が聞こえてくる。


「おはよう、ノラちゃん。今日もよろしく」


 白衣を羽織りながら出勤されたのは当診療所の院長のヨゼフィーネ・ラックス先生。


「おはようございます、ラックス先生。今日もよろしくお願いしますします」

「間に合ったー。いつもありがとう」

「いいえ」


 さて、受付のセッティングや軽く掃除していると、続々とスタッフが出勤してくる。


「おはようございます、ノラさん。準備ありがとうございます」

「おはようございます、ミシェルさん。今日もよろしくお願いします」


 受付担当。丁寧な言葉遣いとふんわりとした雰囲気は患者さんに評判。


「ナハトさん、おはようございます。検査の結果ご確認お願いします」

「おはようございます。わかりました」


 検査士のナハトさん。あまり口数は多くはないですが、挨拶には返してくれるし仕事もちゃんとしてくれる。あと、何かのついでに差し入れのお菓子を持って行くとほんのり口元が綻ぶ。


「おはようございます」

「おはようございます、ゲイルさん。さては治癒魔法でクマを誤魔化していますね?」

「あはは、ちょっと書類が終わらなくて」


 鉄壁の笑顔。治療師のゲイルさん。ここでは事務長として所属してくださっている。本当にまずいときはさらに笑顔が鉄壁になるから要注意。突然静かに倒れていたりする。


「はい、朝礼です。では、先生から」


 すべてのスタッフがまだ誰も来られていない待合に集合。


「今日は職場見学希望者の方が1人来られます」

「職場見学?うち、インターンとかしていませんよね?」

「今は魔術師団の団員だそうです」

「あら、珍しいですね。エリート様がこんなこじんまりとしたところを見に来るなんて」

「本来ならお断りをするんですが」


 先生がちょっとだけ気まずそうに顔をそらす。私も事情は知らないんですが、おや。


「先生、何か気がかりがあるなら報告をしてください」

「そんな大したことじゃないんだけど。今回の見学は魔術師団長さんからのね、お願いなんです」

「おや」


 うちのような診療所とこまめに連携してくれている団長さん。彼女の頼みとありましたら断りづらいですね。むしろ、普段はこちらがお世話になるばかりなので、スタッフを一人見学に対応するぐらいは否やはありません。


「ということで、ノラさん対応お願いします」

「え、ゲイルさんが面接ではないんですか?」

「業務的にノラさんがおすすめなんですよ」


 対応を私がするのは不思議です。普段はゲイルさんがするのに。


「というか、すでに来られています。どうぞ」


 ほんのり気まずそうに入室してきたのは若い男の人。一人一人のスタッフの顔を見て、なぜか私と目があったまま固まっていらっしゃる。はて、何かありましたか。


「テオドリック・ラーべさん?」

「はい、皆様にはお忙しいところお世話になります」


 礼儀正しく一礼をする姿には好感が持てる。

 いただいた履歴書を見ながら確認。輪郭を覆う黒い髪に赤い目。まったく日に焼けていない透き通るような白い肌。あまりこちらと目線が合わないのは、緊張しているからでしょうか。


「みんながいる前でいくつか質問をしてもいいでしょうか」

「はい」

「なぜ、こちらの診療所をご希望に?」


 現在の職業は魔術師として、魔術師団就業をしていた。国の直轄機関でいわば公務員、エリートの扱い。

 ただ、わざわざ当院の見学を志望された理由がわかりません。

 大きな組織が嫌になってこじんまりとしたこちらを希望したとか?だめですね、勝手な推論は。


「他にも魔術師としての転職先はあるはずですが」

「その、私は闇属性なんです」


 髪の色的にもそうかなあ、と思っていました。魔術師の属性は比較的髪色に出やすいそうなので。

 闇属性といえば珍しいですがないわけではありません。続きの発言を待っていると、長い前髪の奥から赤い目がじい、とこちらを見てきます。いや、続きは?もしや、相槌をお持ちで?


「?はい」


 それがなにか、と首を傾げれば、ほんのり目を丸くした。これは、驚いている、のでしょうか。


「…え」

「え?あ、もしや、闇属性ですと、就職に不利なんですか」


 お互いがお互いを不思議そうに見てしまった。いかんいかん、面接中でした。


「ノラちゃん、ノラちゃん」


 パーテーションの向こうから、院長がこそこそ、と手招きをしている。


「少しお待ちください」

「はい」


 退席して、少し離れたところで院長が声を潜める。


「ノラちゃん、言いたくないけど事実なのよ。特に国直轄の魔術師団だと、微妙に、闇属性の方は働きづらいそうで」

「え、そうなんですか?あんなに便利なのに?」

「そう、私たちにとってはものすごく便利でありがたい魔術なんだけど。国とか、ほかの属性の魔術師からすると、闇属性のイメージって怖い、とか、負のイメージが多くて」

「それで、退職?」

「一応、前職にも確認したけどトラブルになったとか、問題になったとかはなく。本人の希望で転職ですって」

「ラックス先生それ先に知りたかったです」

「ごめんね」


 本人にわざわざ言いづらいことを言わせてしまった。あとで院長のお菓子一つもらって本人に渡そう。


「お待たせしましてすみません」

「いえ。あの、」


 あ、気まずそう。別にそこまで離れていなかったし、ついつい驚きで声が大きくなってしまったかもしれない。聞こえてましたね、これは。


「聞こえてましたよね。気分を害するようなことをして申し訳ありません」

「とんでもありません。ただ、闇属性が便利ってあまり聞いたことがないんですが」

「そうなんですか?」


 これは本人も知らなかったパターンですね。


「では、闇属性がどのように活用されているかはあとでご案内しますね」

「は、い」


 戸惑っている戸惑っている。目線があちらこちらに。うーん、成人男性には大変失礼ながら、動作が小動物感。警戒を全面に出しつつ興味はある、みたいな。


「改めまして、どうしてここをお選びに?」

「こちらでは、募集要項に属性不問とありましたので」

「なるほど」


 闇属性を生かそう、というより。闇属性を受け入れてくれそうなところがここしかなかったと。

 なんだかそれも切ない話ですね。さて、なんとお伝えしたものか。悩んでいると、テオドリックさんの目線がどんどん下がっていく。落ち込んでいる?不安にさせている?

 そんなテオドリックさんの肩を、院長がちょいちょい、とつつく。


「テオ君テオ君、もう一個の志望動機をちゃんと言わないと」

「え、あ、はい」

「もう一個?」


 というか、院長お知り合い?初耳ですが。目があいました。力のこもった、強い視線。


「どうか、働かせてください。私はここで変異核症についても学びたいんです」

「変異核について?」

「テオ君、ここの患者さんだから。元」

「え?そうなんですか?」


 院長、後ろからこそこそ声を出すならもう面接に同席してください。そして、割と大事な情報を後出しにするのは院長の悪い癖ですよ。そんな、こちらの反応こそびっくり、っていう顔をしないでください。


「気付いてなかったの!?」

「???」

「こんな綺麗な顔忘れる!?ほら、テオドリックさん、テオ君だよ、テオ君」

「?????」

「ほら、あの、診断受けてぶっ倒れた子。そのあとギャン泣きして、ちょっと暴走しかけて、ノラが面倒見て、迎えの車手配した子。ほらー、そのあと魔術師団長さんから丁寧な菓子折りをもらったじゃない」

「あ!そうだそうだ、思い出しました」

「…俺の記憶、お菓子の次」


 ぼそり、と本音が聞こえた気がする。ごめんね、本当に申し訳ないと思っています。


「お高いチョコレートが休憩時間一瞬でなくなったよね~」

「1人一個あったのに院長が2個食べるからでしょう」

「あのあとすっごく怒られたしみんなに冷たくされた」

「食べ物の恨みは根強いですからね。いたいた。若い子で、男の子で。説明をされている間は冷静なようで、立ち上がった瞬間に転んで倒れた子」

「もうやめてください、刺さります」

「診断うけた患者さんとしては普通の反応よー」

「…その節は大変ご迷惑をおかけしました。あとできればもう忘れてください。」


 まずい、テオ君、なんだか穴があったら入りたい、っていう顔をしている。というかもうテーブルにのめりこみそうなぐらい頭が下がっている。

 そうだよね、恥ずかしいよね、過去をほじくり返されるの。しかもそんなに大昔っていうわけじゃないから次々と記憶がよみがえってくる。


 なるほど。気まずそうだったのは、昔のことがあっから、思い出しちゃったんですね。


「院長としては?」

「採用。なんなら今日から来てほしいくらい」

「よろしくお願いします!」


 若干自暴自棄に聞こえなくもないけど。ここは羞恥心はおいておきましょう。期待の新人、即日採用。


「では、本日はオリエンテーションという形にしましょうか」

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