第2話「ブルーフラッグ」
岡山は少し肌寒い朝を迎えていた。
「寒っ。なんでこんなに寒いの?」
「そりゃ〜、まだ冬が終わったばっかりだからな〜」
監督と他愛もない会話をしていた。
コースの方に目をやる。
マーシャルというコースの係員たちがセーフティーカーでコースを周回し、コースの安全を確認していた。
駆け抜けていくセーフティーカーが朝焼けに照らされてなんだかきれいだ。
ピットレーンにはFRCのサポートレースであるスーパーFJの車両たちが並んでいた。
朝早くてもみんな元気だ。
「さて、俺達も準備しますか。」
ピットに向かうと、メカニックたちがこの後スタート前に使う機材をまとめていた。
メカニックたちから明るい挨拶が飛ぶ。
そして、監督を中心にミーティングが始まった。
「みなさん、おはようございます!え〜、今日は今年の本当の開幕戦。昨日は悔しい思いをしたかもしれませんが、今日は切り替えて決勝レース頑張っていきましょう!」
「One team!」チームメンバー全員で叫ぶ。
「大輝、今日は最下位からのスタートだが、大丈夫そうか?」
「はい、大丈夫です。一番後ろからのスタートなら後続を気にする必要がないので。前だけ見て頑張れそうです。」
「なら大丈夫だな。頑張れよ。」グータッチをする。
岡山国際サーキットのホームストレートに22台のダラーラF320が集結する。
様々なスポンサーカラーに彩られたカラフルな車両たちが並ぶ。
ドライバーズミーティングを終えたドライバーたちが各チームのマシンが止まるグリッドへと向かう。
Dream racing Projectのクルマは蛍光ピンクでとても目立つので遠くからでも見つけることができる。
「おう、さっきお前が乗りやすいように最終調整をしておいた。予選の時と走らせ方は変わるかもしれないが、ペースは改善されると思う。」
「ありがとうございます。行ってきます。」
マシンに乗り込み、サイドミラーで後方を確認する。
後ろにいるのはメディカルカーという救助に特化した機材を載せた車両だけ。
自分が最後尾。
前にはライバルたちのマシンたちが並んでいる。
マシンの状態を整えるフォーメーションラップを終え、もう一度スタート位置に着く。
ライバルは前にしかいない。前を目指していくぞ。
マーシャルがグリーンフラッグを振る。スタートが整った合図だ。
すぐ近くのシグナルが赤色を灯していく。
22台のエンジン音がひときわ大きくなる。
レッドシグナルが5つすべて灯る。
ブラックアウト。レッドシグナルが消える。
タイヤが地面を蹴り出す。
すると、エンストし、ストップしたマシンが目の前に現れる。
自分は回避に成功したが、他のマシンの中には避け切れず激突してしまったマシンもいる。
そんなマシンたちがパーツをコース上に撒き散らして止まる。
『大輝、赤旗!赤旗!レース中断!レース中断!ピットに戻ってきてくれ。』
コースの各所にあるフラッグポストでは赤旗がひらひら振られていた。
ピットレーンに入るとメカニックが誘導してくれる。
「大輝、クルマは大丈夫そうか?」
「大丈夫そうです。ただ、パーツを踏んだとかはあるかもしれないですが…」
「わかった。とりあえず、メカニックに確認させておく。」
その時、場内放送で再スタートは30分後になることが発表された。
ホームストレート上ではクラッシュで撒き散らされたオイルやパーツをマーシャルたちが必死に片付けていた。
「それにしても、すごい事故だったんだな…」
目の前ではクラッシュの影響でドライバーが乗る前方部分とエンジンがある後方部分で真っ二つになったマシンを回収しているトラックがいた。
「大輝さん、マシンに異常は見受けられませんでした。このままで大丈夫です。」
「ありがとうございます。」
メカニックはそう伝えるとすぐにマシンの方へと戻っていった。
ピットを見渡すと、出口の方に黄色いマシンが止まっているのが見えた。
「監督、あの前から2番目の黄色いやつ、堀本のですか?」
「ん?どれだ?」
「あ、ほら、今ドライバーが乗り込んだやつ。」
「あぁ、あれか。そうだ。堀本だ。いきなり2位とはな。」
「本当ですね。」
「あれだけの才能が俺にもあれば…」ぼそっと呟く。
「?」監督が不思議そうな顔でこちらを見る。
「なんでもないですよ。さ、マシンに戻りましょう。」
さっきの混乱を切り抜けたおかげで18位に順位をあげていた。
しかし、22台中4台がリタイアしたので最下位であることには変わりない。
再びマシンに乗り込み、走り出す。
『レースはローリングスタートでスタートする。グリッドで止まらず、そのまま加速しろ。』
ローリングスタートとは、低速でまとまって走り、ゴール・スタートラインを通過してからレースをスタートさせる方法。SUPER GTで使われるスタート方式。
スタートラインを通過するまでに前走者を追い抜いてしまうとジャンプスタート(フライング)のペナルティが課せられる。
セーフティーカーがピットへと戻っていく。
『スタートラインを通過するまでは追い抜くなよ。』
「了解。」
最後尾の自分がラインを通過する。
サーキットに再び轟音が響き渡る。
1コーナーをめがけて18台が集団で突っ込んでいく。
その混乱の中、一つのミスも見逃さない。
目の前を走るマシンの姿勢が少し乱れる。
その隙をついて順位を上げる。
『OK、大輝、17位、17位だ。まだまだ長いぞ。』
この感覚なら10位には届くだろう。
決勝レース17周目
ふと、コースサイドのフラッグポストから青い旗が振られているのが見えた。
「青旗…誰か速いのが来るのか。」
青旗、後方から高速車両が来ている場合、決勝レースであれば周回遅れとなる車両に振られる旗。
『大輝、青旗対応を頼む。後ろからトップ2が来る。』
「え、誰と誰です?」
『高本彩花と堀本海だ。』
え?堀本?あいつ今、そんな順位にいるのか?
ミラーを確認すると後方から明らかにペースの速い車両が接近してくる。
自分は2台に進路を譲る。
2台がバトルを繰り広げながら追い抜いていく。
自分の中で溢れ出しそうなものがあった。
そこから進展なくレースは終わった。
『OK、14位、14位だ。最近ではベストリザルトだ。お疲れ様。』
ピットに4位以降のマシンが戻って来る。
メカニックに誘導され、マシンを止める。
「大輝、お疲れ様。良かったんじゃないか?とりあえずは、次の富士に向けてマシンを改善していこう。」
「はい。」
「あの、監督、それと…」
「どうした?」
「…いや、なんでもないです。」
パドックへと向かった。