第83話 愛と感謝の日
「はぁ、楽しかった」
夜明け前まで年越し祭りを堪能した私は、アンを家まで送ってからギルドの自室へと戻ってきた。
「プピピ……キュウ……」
「ふふ……よく寝てる。ピィちゃん、今年もよろしくね」
「キュー……」
ベッドに近づくと、布団の中で丸くなっていたピィちゃんがモゾモゾと寝返りを打った。思わず笑みが漏れる。可愛い。
起こさないように頭を撫でてそっと話しかけると、ピィちゃんは応えるように小さく鳴いた。ふふふ。
布団に入る前にサッとシャワーを浴びてしまおう。
そう思って髪を解こうとすると、シャランと澄んだ音がした。
「あ、そうだった……」
丁寧に留め具を外して、そっと手のひらに乗せる。マリウッツさんがくれた髪留め。机のランプを灯してよく見てみると、華奢なデザインのバレッタだった。ちょうど真ん中あたりで蝶が羽を広げていて、その羽はいくつもの小さな宝石で彩られている。その宝石を確認するためにランプに近づけてみる。
「……………………アメジスト?」
キラリと光を反射して輝いたのは、多分だけど、アメジスト。
思い浮かぶのは、贈り主の何でも見透かしそうな綺麗な瞳。
「……うん、深い意味はない。マリウッツさんだし」
きっと、自分の瞳の色のアクセサリーをあげることなんて何も気にしていない。あの人のことだもの。うん、意味はない。たまたま、手に取ったのがアメジストだったってだけだわ。うんうん。
危うく勘違いするところだったわ。ふう。
下手に勘違いして今の心地よい関係が崩れるのは嫌だもんね。折角仲良くなったんだもの。
私は呼吸を整えて胸の淡い疼きを落ち着かせると、ハンカチを広げてバレッタをそこに置いた。
魔物解体カウンターの仕事は激務だし、走り回ることも多い。仕事中に付けて失くしてしまってはいけないから、お出かけの時にでも使わせてもらおう。
急いでシャワーを浴びてベッドに潜り込むと、すぐに睡魔が襲ってきた。窓の外はすでに明るくなりつつある。今日は昼過ぎまで惰眠を貪りたいところだ。
寄せては返す睡魔の波に身を委ねようとして、とても大事なことに気づいてしまった。
「……私、もらってばかりだわ。何か、お返しをしたいな……」
アルフレッドさんにもらった魔除けの腕輪。
マリウッツさんにもらったアメジストのバレッタ。
それだけじゃない。いつも周りのみんなには本当に良くしてもらっている。
私も彼らに感謝の気持ちを返したい。
どんな贈り物がいいかなあ。
そう考えを巡らせているうちに、私はいつの間にか眠ってしまっていた。
◇◇◇
「あら、それならちょうど今月、『愛と感謝の日』があるわよ」
「『愛と感謝の日』?」
年明け二日間をピィちゃんとのんびり過ごした私は、営業再開を翌日に控えた連休最終日、アンと街歩きをしていた。
早めに営業再開しているお店もちらほら見受けられ、私たちはすでに開店しているカフェへと入店した。
「そ、恋人たちはお互いの愛を確かめ合い、それ以外にも、家族や友人、職場の人に日頃の感謝を伝える日なの」
「その話、詳しく」
お世話になっている人に何かお礼がしたいとアンに相談したら、とても素敵な情報を教えてくれた。
新しい年を迎えた月の中頃に、『愛と感謝の日』と言うものがあるらしい。ギルドにも花や差し入れがたくさん届いて華やかになるという。
元の世界のバレンタインに似たようなものなのかも。日頃のお礼をするにはもってこいの日だわ。
さて、問題は、何をお返しするかということ。
日頃の感謝を伝える日なら、アルフレッドさんやマリウッツさんだけではなく、アン、ドルドさん、ナイルさん、ローランさんにも何かしたいよね。
「私はいつもママや職場のみんなにお菓子を買って配ってるわよ」
「お菓子かあ……それもいいよね。うーん、何を贈るか悩むわ」
「ふふっ、誰かのために悩む時間は大切よ? 存分に悩みなさいな」
腕組みしてうーんうーんと唸る私を、アンは微笑ましげに見守っている。
「『愛と感謝の日』はね、確かに日頃の感謝を示す日でもあるんだけど、準備期間もとっても大切な時間なの。これまでに受けた恩とか、思い出とか色々と思い返すきっかけになるでしょう? 今までの関係を振り返って、これからも良き関係を築きたいって再認識するわけよ」
「なるほど。素敵な慣習だね」
「ええ。私もそう思うわ」
誰かのために何かする。
元の世界ではしばらく一人で生きてきた私にとって、随分とご無沙汰なことだった。
「うん、何がいいかじっくり考えてみる」
「ふふふ、楽しみにしているわ」
明日に備えて早めにアンと別れた私は、ギルドに帰る前にふらりと市場を訪れた。
市場の営業再開は明日の早朝から。今日は明日に向けた仕込みや準備をしている人が行き来している。
「うーん、何か私にできることは……」
市場の活気に触れながら、来る日の贈り物に思いを馳せる。
プレゼントを用意するのも良いけど、何かもっとこう……特別な日になるような何かがしたい。何ができるだろう? せっかくだから、私らしい贈り物がしたいよね。
市場を歩いていると、いつもお世話になっている精肉店や八百屋が立ち並ぶ通りに出た。この辺りは生活に根付いた店が軒を連ねている。
ここで売られている野菜やお肉、魚が各家庭に購入されていき、調理される。湯気を立ち上らせる温かな料理を囲み、家族団欒の大切な時間。笑顔が咲き、会話が弾む素敵な時間。
想像するだけで心が温かくなってくる。
私の得意なことは?
そう考えた時、一つの妙案が浮かんだ。
「……うん。これしかないわ」
そうと決まれば色々と準備や手配を進めなくては。考えるだけで楽しくて、思わずニンマリと口角が上がってしまう。
早速部屋に戻って紙とペンを取り出し、思いつくままに必要なものや段取りを書き出していく。
「キュウ?」
一体何をしているの? とパタパタ机に飛び乗ったピィちゃんが手元を覗き込んできた。
「ふふっ、ピィちゃんも楽しみにしててね」
「キュァッ!」
スリッと頬擦りをしてくれるピィちゃんの喉を撫でながら、私は再びペンを走らせた。




