第75話 帰還と後始末② ◆後半ヘンリー視点
「マリウッツさんの【反芻】ってどんなスキルなんですか?」
倉庫へ向かいがてら、私は気になっていたことを尋ねた。
マリウッツさんはマンティコアとの戦闘時、【反芻】というスキルを使って様々な攻撃を仕掛けていた。
「俺の剣はスキルを吸収して放出する能力を秘めている。そして一度吸収した力を再び引き出すのが【反芻】だ。スキルを吸収して使用する時より威力は劣るが、様々な効果を与えることができる」
なんとまあ、とんでもない能力ですこと。
あまりのチートっぷりに白目を剥いてしまいそうです。
もし、私の【解体】をマリウッツさんの剣に【付与】したらどうなるんだろう?
それも【反芻】できてしまうのだろうか。
なんてことを考えているうちに倉庫に到着した。
くう、やっと帰ってきたって実感が湧くなあ……。
「さて、お疲れのところ申し訳ありませんが、サチさんの【鑑定】をしてもよろしいでしょうか? 能力レベルが上がったとおっしゃっていましたよね」
腰に巻いていたベルトを外して解放感に浸っていると、アルフレッドさんが願ってもない提案をしてくれた。
「はい! ぜひお願いします」
そうだ。マンティコアの解体を経て、私の能力レベルは8に上がっていた。
最近レベル7に上がったばかりなのに、ポイズングリズリーとマンティコアという対応範疇を超えた魔物を続け様に解体したから余分に経験値が手に入ったのかな。
私はドキドキしながらアルフレッドさんに両手を差し出した。
「では、失礼して……【鑑定】」
私の手をアルフレッドさんの手が包み込む。
「これはまた……」
もはや苦笑いを浮かべているアルフレッドさんから教えてもらった結果に、私も乾いた笑みを浮かべてしまった。
【天恵】:【解体】
能力レベル:8
解体対象レベル:Fランク、Eランク、Dランク、Cランク、Bランク
解体対象:魔物、動物、食物、物体、液体
解体速度:B
解体精度:B
固有スキル:三枚おろし、骨断ち、微塵切り、血抜き、付与、解毒、浄化
エクストラスキル
発動条件:命の危機に瀕した時、あるいはそれに付随した状況に陥った時
効果:解体対象レベルを超越してスキルの使用が可能となり、対象が強力であればあるほど獲得する経験値は跳ね上がる
解体対象がBランクまで上がったことは素直に嬉しい!
よくよく確認すれば、エクストラスキルも微妙に成長している。能力レベル7に上がった時には気付かなかったな。確か能力レベル6の時は、1つ上のランクの解体ができるとかだったと思うけど、幾つ上のランクまで解体できるかの指定がなくなっている。マンティコアを解体できたのはそういうわけだったのね。
それに、経験値についての説明も増えている。もしかして隠れ能力として経験値の獲得量が爆増する効果を元々有していたのだとすれば、討伐作戦後に能力レベル8に上がったことも頷ける。
【解毒】はアルフレッドさんの毒を解体したいと強く願ったときに会得したけど、なんか【浄化】っていうのが増えてるし。なんだこれは。
「【浄化】ってなんですかね」
疑問をそのまま口にすると、アルフレッドさんが唸りながら答えてくれる。
「恐らく、瘴気の類を晴らすことでしょう。魔物の中には瘴気を生み出すものもいます。人が瘴気に触れれば、毒のようにその者の身体を蝕み、やがて死に至らしめます」
「へえ……瘴気を【浄化】する力って、なんだか聖女みたいですねえ」
あはは、と半分冗談で言ったつもりが、アルフレッドさんとマリウッツさんが非常に微妙な顔をしている。んん?
「そうですね……これはとんでもないことですよ」
「え?」
何が何だかわからない私に、マリウッツさんが説明してくれる。
「瘴気を浄化できるのは【聖女】の【天恵】を得た者だけとされている。だからこそ、ドーラン王国は異世界召喚の儀式をしてまで【聖女】を召喚したんだ」
えーっと、つまり、私は【聖女】と同等の力を得てしまったというわけでしょうか。
3人の間に微妙な沈黙が落ちる。
「……いいですか、サチさんの力はいよいよ国が諸手をあげて手に入れたい領域に入っています。サチさんの平穏な生活を守るためにも……スキルの件は他言無用ということで」
人差し指を立てて声を落とすアルフレッドさんの言葉に、私とマリウッツさんは神妙に頷いた。
◇◇◇
無事に冒険者全員を連れ帰ったジェードを連行し、僕は城の地下にある取調室に向かった。
護衛騎士を2人付け、今にも倒れそうなジェードに向き合う。
「まず最初に言っておく。僕の前で嘘をつくことはできない。ここで語られることは証言として記録する。僕の問いに偽りなく答えるんだ」
ジェードはびくりと肩を震わせて、忙しなく瞬きをしながら視線を右へ左へと泳がせている。
「ああ、そうだ。君の妹のことだが、僕の指示で安全なところに保護しているから心配しないで。適切な治療も受けて、病気は快方に向かっているよ」
「えっ……!」
ジェードは勢いよく顔を上げ、目を大きく見開いた。そして、ボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。
「う……ありがとう、ございます。全て、全てお話しいたします」
そしてジェードが語った内容は、おおよそ予想通りであった。だが、彼の口から紡がれることが大きな意味を成す。
「――よく話してくれた。ずっと気を張っていて疲れただろう。しばらく暇を与えるから、妹についていてやるといい」
「なっ……! そんな! 私は、国が招き入れた御仁を戦地に連れ出しました。決して許されることではないと理解しております!」
ジェードは地面に額をつけんばかりの勢いで頭を下げているが、そんな彼の震える肩にそっと手を添える。
「ああ、そうだ。お前がサチたちを危険に巻き込んだことは変わらない。だからお前にはこれからも我が国を守るために命をかけて働いてもらわないとな。復帰後は僕の配下として迎える。楽な仕事は与えられないと思え」
ジェードの【天恵】はとても希少で便利な力だ。こんなところで失うのは惜しい。
それに、罰せられるべき者は別にいる。
「っ! ヘンリー殿下……本当に、ありがとうございます」
嗚咽混じりに礼を言い続けるジェードを、騎士の1人に任せて、僕は一連の騒ぎの首謀者のもとへと向かった。
「あら、お兄様。どうかされまして?」
リリウェルは謹慎中だというのに、自室で優雅に伸び伸びと過ごしていた。この様子だと、自らの意に反してサチたちが無事に帰ったことをまだ知らないのだろう。
「戻ってきたぞ。全員、誰1人欠けることなく」
僕の言葉に、紅茶を飲んでいたリリウェルの手がピタリと止まる。
「……へぇ、そう。悪運の強いこと」
ニコリと頬を緩めてみせるが、目は笑っていない。
「リリウェル、いい加減認めたらどうだ。ジェードを脅し、サチたちを危険な場所に送り込んだのは、お前だろう」
僕の核心をついた問いに、リリウェルはただ笑みを深めるばかりだ。
「仮にそうだとして、証拠はございまして?」
そうだ。いつもリリウェルは悪巧みをする際に証拠を残さない。関わった者は皆いなくなった。だから、どれほど理不尽で傲慢なことをしても、厳しく罰することはできなかった。だが、今回は違う。
「ふ、証拠か……証拠ならあるぞ。ジェードが洗いざらい吐いたからな。病気の妹を人質に取られ、彼女を助けるためにサチとアルフレッドも【転移】に巻き込めと、そう指示をされたらしいんだ。他ならぬお前にな」
「まあ、お兄様ったら、たかが騎士1人の言葉を鵜呑みにするのですか? 彼が自分の罪を軽くするために嘘をついているのではありませんこと? あるいは、あまりに恐ろしい経験をして、気がふれてしまったのでは?」
一向に反省する素振りを見せないリリウェルに苛立ちが募る。その時、「あ、あの!」と壁際から震える声がした。
声の主を探すと、リリウェルの専属メイドがエプロンを握りしめながらこちらを見ていた。その目には怯えだけでなく、決意の色が滲んでいる。
「いいよ。発言を許そう」
「は、はひっ……! わ、わた、私もいました。リリウェル様が、騎士様の【転移】に隣国の皆様を巻き込んで置いてこいと命じるその場に」
「ちょっと!」
ガタン! とリリウェルが音を立てて立ち上がり、メイドがびくりと肩を震わせた。真っ赤な顔で歯を食いしばるリリウェルだが、すぐにフッと勝ち気な笑みを浮かべた。
「ふん、あんたなんかの発言になんの力があると言うの。わたくしは何も命じていないわ。わたくしの言葉の方がずっと重いの。家臣たちの発言を証拠にわたくしを裁くことはできなくてよ?」
どこまでもしらを切り通すつもりらしいので、そろそろ閉幕といこう。
「ところが、できるんだよ」
「は……?」
リリウェルが間抜けな顔でこちらを見る。ちょうどいいタイミングなので、左眼に手を添えて、【天恵】を発動した。
「なによ、その目……」
そっと手を下ろして晒した僕の左眼は、眩い金色に輝いているはずだ。
用心してリリウェルには見せたことがなかったので、どういうことか訳が分からないのだろう。
「限られた人にしか知らせていない僕の【天恵】さ。【鑑識眼】といってね、物事の善悪や真贋を見極めることができるんだ。この力を使って、僕は幼い頃から王家に叛逆の意思があるものを見極めてきた。僕に取り入ろうとする奴らの裏の顔もよく見えるんだ。つまり、僕はこの眼を使って見たもの、聞いたものの真贋が分かる。ジェードの発言も、君のメイドの発言にも、嘘偽りは何もない。この僕が下した判定は、裁判でも通用する立派な証拠として認定される。父上がそのように取り決めているんだよ。まあ、政に一切関わりを持とうとしなかったお前の知るところではないだろうが」
「そ、そんな……嘘、嘘よ」
流石に自分の立場が危ういことに気がついたらしく、リリウェルの顔からサッと血の気がひく。
「ちなみに、長年の調査を経て、ようやくお前の我儘や企ての裏に王妃の影があることを掴んだ。なかなか尻尾を出さないから苦労した。お前にとって都合の悪い者は王妃が始末していたんだな。このことはすでに父上には報告済みだ。どのような処分が下されるか、楽しみにしているといい。逃げ出そうなんて思うなよ。処分が下されるまでは地下牢に投獄させてもらう。連れていけ」
真っ青な顔でへなへなと崩れ落ちるリリウェルを両脇から挟むように兵士が捕え、手枷を嵌めて部屋から連れ出していった。項垂れる背中を見送ってから、勇気あるメイドに声をかけた。
「君。名前は?」
「へ、はっ、サーヤと申します!」
「そう。サーヤは今日でリリウェル付きのメイドを辞めて僕付きのメイドとする。長年リリウェルのメイドとして辛抱してきた我慢強さを買っているんだ。君は確か、国境付近の出身だったよね? この機に少し里帰りをしてもいいけれど、どうしたい?」
僕の提案に、サーヤはバッと顔を上げた。
そして、決意を固めたように、胸の前で両手を握り締め、震える唇を開いた。




