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第52話 王子襲来

 王家との謁見から5日。

 倉庫はすっかり広々とした元の姿を取り戻し、私の元へも当日仕留めた魔物が届くようになっていた。


 広い倉庫内の上方では、ピィちゃんがのびのびと飛び回っている。ピィちゃんは魔物の切れ端を処理しては、倉庫内を自由に飛び回り、眠くなっては特別に用意したクッションのところで一眠りする。

 たまに姿をくらましてしまうので、ギルド内を散歩しているのかもしれない。なんとも自由奔放な生活を送っている。


 異国でストレスを感じていないか心配していたけれど、不要な心配だったらしい。


 その後、リリウェル様がマリウッツさんに接触している様子はない。ひとまず安心と思っていいのだろうか。


「うむうむ! サチのおかげで魔物の山も綺麗さっぱり片付いたのう! 大量の素材を前に、業者の方が悲鳴を上げておったわい」


 ひょっこり顔を出したミィミィさんが倉庫内を見回して満足そうに笑みを深めている。ちょうど追加で業者の人が訪問したようで、そのまま向こうの倉庫へ行ってしまった。


 いつもの倍以上の素材が卸されるのだから、精肉店に防具店、鍛冶店が何度もギルドを行き来している。荷台に山盛りの素材を積んで、駆け回ってはいたけれど、どこか充実した顔をしていた。

 爪や皮といった素材は場所さえあれば保管しておけるので、必要に応じて使えばいい。けれど、大量の肉や魚はどうするのだろうと疑問に思っていると、アルフレッドさんが「魔物の捕獲量には波がありますからね。いざという時に備えて長期保存ができる保存食に加工するのですよ」と教えてくれた。

 流通量を調整することで価格の暴落を抑える意味もあるのだとか。なるほどと納得した。

 その辺りの調整は偉い人に任せておいて、私は今日もナイフを振るう。


 こっちに来てかなりの量の魔物を解体して、経験値も大量に手に入っている。そろそろ能力レベルが7に上がってもいい頃合いだと思うのだけれど、天の声はまだレベルアップを告げる様子がない。


 そして今、私の目の前に横たわっているのは、10本の触手を持つリトルクラーケン。大型のクラーケンと違って、小ぶりでDランクの海の魔物なのだけど、小ぶりといっても3メートルはある。それに、今朝仕留められたばかりなので、ビクンビクンと未だに触手が脈打っている。


「さて、初めましてだね。【解体】!」


 リトルクラーケンの表皮は粘液でぬるぬるしているけれど、私のオリハルコンのナイフには関係ない。

 スルスルと刃を入れていき、あっという間に足、胴体、耳、墨袋、歯がびっしりついた口に解体完了だ。


「お見事ですね」


 アルフレッドさんが手袋を嵌めて素早く素材を荷台に積んでいく。その後ろでは続々と運び込まれてくる魔物を並べて、次の作業対象を担ぎ上げるマリウッツさんの姿がある。

 みんなすっかり手慣れた様子でとても効率よく作業が進んでいる。


「ドーラン王国では見ない魔物もたくさんいるので、勉強になります」


 特に海洋性の魔物が豊富なサルバトロス王国には、初めて触れる魔物もたくさんいる。魚介系は群れで行動するものも多いので、その分持ち込まれる魔物量が多くなっているようだ。

 魚介系の魔物は需要に応じて刺身にしたり、三枚おろしにしたりと工夫する余裕も出て来ているので、業者からも歓喜の声が上がっているようだ。役立てているようで嬉しい。


「魔物の山は片付いたが、こうも毎日大量に持ち込まれてはいつ国に帰れるか分からんぞ。魔物の大量発生の原因究明は進んでいるのか」


 巨大な一角獣の長い角を引きながら、マリウッツさんが業者の案内を終えて戻って来たミィミィさんに尋ねている。

 確かに、魔物解体カウンターの流れが正常化したとはいえ、この状態でドーラン王国に帰っても瞬く間に元の惨状に戻ってしまう。


「ううむ。毎日調査隊が王都を中心に各地駆け回ってはおるのじゃ。探索や魔力探知に長けた冒険者も編成しておる。調査範囲を南に広げておるでな、何か吉報が入れば良いのじゃが、一体どこに姿を隠しておるのやら……解体作業も波に乗っておるようじゃし、アル坊にも知見を借りたいと思っておったところじゃ」


「そうですね。僕の経験が役に立つのなら、協力は惜しみません。この事態を放置しておけば、いずれドーラン王国にも被害が拡大する危険性もありますから」


「それは助かる。この後早速――」


 その時、突然倉庫の外が騒がしくなった。


「い、いけません!」

「その先は立ち入り禁止で……!」

「お待ちください!」

「あああっ! ちょ、マ、マスタァァァ!!」


 どうやら誰かが来たらしく、この倉庫内へと向かっているようだ。

 倉庫の前で警備をしてくれているネッドさんの悲鳴が響き、ドンドンッと倉庫の扉を叩く音がした。


 私たちは顔を見合わせて、急いで解体作業を中断した。【解体】を使用しているところを見せない。そういう約束だもの。オリハルコンのナイフも人目に触れさせない方がいいだろうと、素早く木箱に仕舞い込んだ。


 私たちの用意が整ったことを確認して、ミィミィさんが素早く倉庫の閂を外して外に出た。


「なんじゃ。騒々しい……はあ、お前さんか。ここは立ち入り禁止だと、そう伝わっておるはずじゃが?」


「いやあ、一国の王子として、我が国の救世主殿の手腕を確認したくてね。王族である僕もこの先に入ることは許されていないのかい?」


 なんと、来訪者はサルバトロス王国の第一王子ヘンリー様だった。

 小柄なミィミィさんの頭上から覗き込む形で倉庫内に顔を突っ込んできた。


 ミィミィさんは盛大なため息を吐きながらもヘンリー様を押し返す。


「ダメじゃ。そういう約束なのじゃ。王族のお主がその約束を違えては、サチらの誠意を無下にすることとなる。規約違反として、たちまちドーラン王国に送り返すこととなるのじゃぞ。そんなことも分からぬのか」


「えー、そんな大袈裟な。これでも5日間我慢したんだよ? 僕だって魔物の骸を大量に放置していたら他の魔物を引き寄せるということは理解しているからね。だから魔物の山が片付いて、魔物解体カウンターが正常化した頃合いを見計らってやって来た次第さ」


 ちっとも悪びれた様子なく、キラキラと爽やかな笑顔を撒き散らすヘンリー様は、独自の言い分を流暢に口にしている。


「いやあ、それにしてもすごいね! 倉庫が溢れるほど処理が追いついていないって話だったのに、すっかり空っぽじゃないか! その速さの秘密はなんだい? その細腕のどこにそんな力が? 興味をそそられるね」


 ヘンリー様は楽しそうに顎に手を添えながら、ジッと私を見つめてくる。探るような好奇心に溢れた視線に晒されて、思わず後退りをする。


 そんなヘンリー様の視線から遮るように、マリウッツさんとアルフレッドさんが私の前に歩み出た。


「ミィミィさんの言う通りです。解体作業については一切言及しない、サチさんの安全が第一であると、我が国のギルドマスターからの条件として文書にも起こして提出しているはずですが?」


「仕事の邪魔だ。今すぐ帰れ」


 2人は王子を前にしているというのに、堂々とした態度で私を守ってくれている。なんと頼もしい背中なのだろう。


「あっはっは! 君たちはサチの騎士気取りなんだね。なるほど、面白い。益々興味深い」


「サチの名を気安く呼ぶな」


 ヘンリー様の気安い態度に、マリウッツさんが嫌悪感を露わにする。不敬罪に問われないかとハラハラしながら様子を見守ることしかできない。

 一方のヘンリー様は、怒るどころか一層楽しそうに笑みを深めている。


「ええ? それはできないなあ。だってサチはサチだろう? 他にどう呼べっていうんだい?」


「呼ぶ必要はない。顔を合わす必要もない。ここは王族が足を踏み入れる場所ではないだろう。城へ帰れ」


「うーん、なかなかガードが堅い。ああ、そうだそうだ。これを預かっていたんだった。ほら、君宛てだよ」


 譲る気のないマリウッツさんに肩をすくめるヘンリー様が懐から取り出したのは、真っ白で金の羽の絵が描かれた上質な手紙だった。


 怪訝な顔をし、警戒しつつも奪い取るようにその手紙を受け取るマリウッツさん。

 差出人の名前を読んで、迷いなく封筒を破ろうとする。


「おっと。いいのかい? せめて中を読んでからの方がいいと助言しておくよ」


「……チッ」


 忌々しげに舌打ちをしたマリウッツさんは、乱暴に封を切ると素早く手紙に目を通した。そして、最後まで読み終えた手紙をグシャリと握りつぶし、鋭い視線でヘンリー様を睨みつけた。


「おおっと。僕は手紙の中身までは知らないよ? 可愛い妹に手紙を届けてほしいと頼まれただけだからね。さて、何と書かれていたんだい? もし呼び出しなのだとしたら早く行った方がいい。あいつは待つのが嫌いだからね。とにかく用件を確認しに行くといいさ」


 え? 妹ってことは、リリウェル様?

 リリウェル様がマリウッツさんを呼び出す手紙だというの?


 マリウッツさんは怒りに肩を震わせている。こんなに怒っているところを見るのは初めてだ。私は不安になって、思わずマリウッツさんの服の裾を掴んでしまう。


「……大丈夫だ。少し席を外すだけだ。お前は安心して待っていろ」


 振り返ったマリウッツさんが、慈しむような目で私を見つめる。そっと私の頭を撫でてから、アルフレッドさんにアイコンタクトをして急いで倉庫を出て行ってしまった。

おかげさまでハイファン月間総合1位になりました゜(゜`ω´ ゜)゜

感謝の気持ちを込めて明日からの三連休はお昼も含めた3回更新しますのでぜひ遊びに来てください

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