第51話 王女リリウェル
「はあ、何を言い出すかと思えば……リリウェル、お客人を前に失礼だぞ。ワガママも大概にしなさい」
リリウェル様のとんでも発言に、国王陛下が頭を抱えている。
え? は? なんて言った?
マリウッツさんが欲しい……ってこと?
何を言っているの?
「あら、お父様。わたしくは本気ですわ? 美しいわたくしと並んでも遜色ない美貌、加えて腕の立つ冒険者なのでしょう? そばに置いておきたいと思うのは当然ではありませんこと? それに、彼を留めることは我が国にも利となりますわ」
「それは……んんっ、いかん。彼らは大切な客人だ。我が国の問題を自国で解決しきれぬと、恥を忍んで助力を頼んだのだ。無礼は許さぬぞ」
険しい顔でリリウェル様を嗜める国王陛下。
一方で楽しそうにずっとニコニコ微笑んでいるリリウェル様。
2人の会話が嫌に耳に残る。どうしてか呼吸が浅くなり、不安で胸が押しつぶされそうになる。
マリウッツさんはどう思っているのだろう。
あんなに綺麗な王女様に求められて、どう感じているのだろう。
もし、マリウッツさんが彼女の声に応えて、彼女の元に行ってしまったら……?
それは――すごく、嫌だ。
「俺は貴様のものにはならない」
当のマリウッツさんは不快感を露わに、キッパリと拒絶した。
その言葉を聞いて、底なし沼のように沈んだ心が浮上する。
そっか、マリウッツさん、断るんだ。そっか……!
「まあ、反抗的なところもおもしろい。ふふっ、いずれ自らわたくしの元に来たくなりますわ」
断られたにも関わらず、リリウェル様はさして気にしていないご様子。ほほほ、と小指を立てて口元に手を添えている。
どこからそんな余裕が生まれるんだろう。微笑んではいるけれど、その目は依然としてギラギラとマリウッツ様を見据えていて、背筋がゾクッと寒くなる。
「ありえんな。もう用は済んだのだろう。行くぞ」
マリウッツさんは相手にしてられないとでも言いたげに踵を返すと、スタスタと扉に向かって行った。
私とアルフレッドさんは顔を見合わせると、ぺこりと国王陛下に頭を下げてマリウッツさんを追いかけた。
「うふふ、絶対に逃さないんだから」
ねっとりと絡みつくようなその声が、私の心に不安な気持ちを残した。
◇◇◇
「不快な思いをさせてすまんかったな。あの王女様はそれはもう甘やかされて育ったものでの。特に王妃様の寵愛が凄まじいのじゃ。欲しいものはなんでも与えられてきたゆえ……言葉を選ばずに言えば、ワガママに育ってしもうたのじゃ」
来賓室の前までやってきてようやく立ち止まったマリウッツさんに、ミィミィさんが頭を下げる。
「それにしても、随分と気に入られてしもうたのう……ちいと面倒なことになるやもしれん」
ミィミィさんが困ったように眉を下げながらため息を吐く。
「世間知らずな王女の戯言だろう」
一方のマリウッツさんは、興味がないとでも言いたげな冷ややかな目をしている。
眉間に皺が寄っているから、機嫌は悪そうだ。
マリウッツさんは戯言だとは言うけれど、私はそうは思えない。
あの王女様の目は本気だった。本気で獲物を狙う目をしていた。
思い出しただけで、ブルリと身震いしてしまう。
思わず腕を擦った時、背後でガチャン、と食器が重なる音がした。
私たちが一斉に振り向くと、そこには青い顔をしたメイドさんがいた。
前髪は真っ直ぐ切り揃えられていて、後ろもふんわりとボブに仕上げている。そばかすが愛らしいまだ若そうな少女だ。見開かれたアーモンド色の目が激しく揺れている。
「おお、夕食を運んできたのじゃな。立ち話もこれぐらいにして、みんな部屋に入るといい。しっかり腹を満たして、明日からまた頑張ろうぞ」
ミィミィさんの声で、メイドさんはハッと我に帰った様子で慌てて頭を下げた。顔を隠すように俯いて、ペコペコ頭を下げながらそれぞれの部屋に食事を素早く運び入れていく。
「し、失礼いたしました。ご、ごゆっくり……」
あっという間に3部屋分の食事の支度を終え、蚊の鳴くような小さな声でそう告げると、メイドさんは空になったワゴンを押して急いで去っていってしまった。人見知りなのだろうか。
なんだかモヤモヤとした気持ちが残る謁見となってしまったけれど、美味しいご飯を食べて、温かいお風呂に入って忘れてしまおう。今は山積みの魔物の解体のことだけ考えなくっちゃ。余計なことで心を掻き乱されていてはいけない。
「じゃあのう。また明日、ギルドで会おう」
ミィミィさんを見送ると、アルフレッドさんも疲れた顔をして「それでは、先に休ませていただきます」と部屋へと入っていった。王様と話すのはやっぱりかなり神経をすり減らすらしい。日中も肉体労働が続いたし、ゆっくり休んでいただきたい。
「えと……私たちも部屋に戻りましょうか」
残された私とマリウッツさんは顔を見合わせる。マリウッツさんは、私の顔をジッと見て、眉間に深く刻んでいた皺を和らげた。
「ああ、そうだな。また明日」
「わっ、は、はいっ、おやすみなさい」
フッと笑みを漏らしたマリウッツさんは、クシャッと私の頭を撫でると、颯爽と自分の部屋へ入っていった。
「……もう」
乱れた髪を整えながら部屋に入った私の口元は、どうしてかちょっぴり緩んでしまっていた。
◇◇◇
「随分と面白そうな子だったな」
今日は隣国ギルドから客人として招いている一行が来るからと、謁見の間に呼びつけられた。
普段なら、国賓との挨拶とは名ばかりの腹の探り合いにうんざりするところだが、やって来たのはいたって普通の女の子だった。彼女を守るように隣国ギルドのサブマスターと、腕の立つ冒険者が警戒心を顕に立っていたが、当の本人は全くその様子に気づいている素振りもないときた。
彼女が我が国の危機に手を差し伸べてくれるという解体師なのか。
華奢な身体をしているのに、凄腕の魔物解体師だという彼女に俄然興味が湧いた。裏表がなく、素直で鈍感そうな素朴さも気に入った。
数多の女性を虜にしてきた僕のキラースマイルにキョトンとしながら会釈を返された時にはおかしくて吹き出しそうになった。この甘いマスクでどれだけの女性を籠絡してきたか、彼女は知らないのだろうな。
妹のリリウェルが冒険者の男を気に入ったらしいが、あいつは美しいものを収集する趣味があるからな。ターゲットにされた彼を気の毒に思う。余計なトラブルを起こさなければいいのだが。……いや、むしろいい機会となるかもしれない。
「さて、あの子……サチって言ったっけ? ちょっと調べてみるかな」
かくいう僕も、気に入ったものは手に入れたい主義だ。
少し様子を見て、ギルドまで会いに行ってみようか。
「しばらく楽しくなりそうだ」
僕は窓辺に腰を半分だけ乗せて、雲がかかった月を見上げた。




