第45話 サルバトロス王国へ
「よし! みんな揃ったようだな!」
腕を組み仁王立ちをするオーウェンさんが、揃った面々を見渡す。
涼しい顔をして壁にもたれているのはマリウッツさん。
気を引き締めるように拳を握りしめているのはアルフレッドさん。
そして、ガチガチに緊張している私。と、その肩でウキウキしているピィちゃん。
マリウッツさんだけでなく、アルフレッドさんも同行してくれると聞いた時はとても嬉しかった。やっぱり1人でも多く信頼できる人が側にいてくれると心強い。
「お初にお目にかかります。私、サルバトロス王国の使者、ネッドと申します。この度は我が国の救援要請にお応えくださり、心より御礼申し上げます」
「なぁに、困ったときはお互い様だ! 顔を上げろ」
胸に手を当てて深く頭を下げるネッドさんに、オーウェンさんが顔を上げるように促す。
「こいつらを派遣させるための条件はただ1つ。誰1人欠けることなく無事に俺たちのギルドへ送り届けること。何よりも安全第一で頼む」
真面目な顔をして、一際低い声で条件を述べるオーウェンさんはどこかピリリとした威圧感を発している。その猛禽類のような獰猛ささえ感じさせる眼差しを一身に受けるネッドさんの頬に汗が伝っている。
「もちろんでございます。必ずや無事にお届けいたします! ――では、皆様。ご準備はよろしいでしょうか?」
再び最敬礼をしたネッドさんが、くるりと私たちの方を振り向く。
「は、はい! 大丈夫です!」
「ええ、準備は調っております」
「問題ない」
私たち3人の返答を聞き、ネッドさんは深く頷いた。
アルフレッドさんが通信機を用いてネッドさんに連絡を取って30分後、ネッドさんは騎士を3人連れてギルドの応接室に姿を現した。青白い光が弾けたかと思うと、そこにいたのだ。びっくりしたけど、ネッドさんたちの初訪問時にも見た【転移】の【天恵】を使ったみたい。
で、今から私たちもその【転移】の【天恵】でサルバトロス王国のギルドへと転移する手筈なんだけど……
「あ、あの! 私、絶叫マシンとか得意じゃなくて……【転移】ってどんな感じなのでしょう?」
そう。もし【転移】とやらが、ギューンってしてビューンとするものだったら間違いなく吐く。自信がある。
きっと真っ青な顔をしている私を安心させるように、ネッドさんが爽やかに微笑んだ。その笑顔は、どこか人を安心させるような人柄の良さを滲ませている。
突然食堂に乗り込んできた時は、緊急事態だとはいえせっかちな人なのだろうかという印象を受けたけれど、使者代表を務めるだけあって頼り甲斐を感じる。
「安心してください! 絶叫マシンとやらが何のことかは存じませんが……一瞬だけ浮遊感はあるものの、渦巻いたり捻れたりといった不快感はございませんので。初めての【転移】でご不安でしたら、どなたかと手を繋いでいても構いませんよ?」
「え」
笑顔のまま手を開いて見せるネッドさんの思いがけない提案に、私は思わず硬直してしまう。思考が停止している間に、誰かが優しく私の右手を取った。
「どうした、怖いのか?」
慌てて手の主を見上げると、悪戯っぽい笑みを浮かべたマリウッツさんが私に見えるように繋いだ手を持ち上げているではないか。
「マ、マママママ、マリウッツさん!?」
突然のことに、カァッと頬に熱が集まる。
「なんだ、初めて繋ぐわけでもないだろう」
マリウッツさんは、本当に不思議そうな顔をして首を傾げている。全く乙女心が分かっていらっしゃらない。確かにクエストに出たとき、暗い洞窟で手を握ってもらったけれども! あの時は暗かったから仕方がなかったし、それに誰の目もなかったもん!
「ほぉ、なるほどなるほど! 随分と面白いことになっているらしいな」
ほら、オーウェンさんは顎を撫でながらニヤついているし、アルフレッドさんは顎が外れんばかりに口を開いて……え、なんかズンズンとこっちに近付いてくるんですけど!
「そ、そういうことでしたら! 両手とも繋いでいた方が安心でしょう」
そう言いながら空いていた私の左手を握った。
ひえっ! アルフレッドさんまで!
「え、あ、あの……!?!?」
右手にマリウッツさん。左手にアルフレッドさん。どういう状況なの。
「俺1人で十分だ。その無粋な手を離せ」
「何を言っているのでしょう。不安な気持ちを和らげるにはこうした方が良いに決まってます! それに、手を離すのはあなたの方です。僕1人でも事足りるとは思いますが?」
あああ……またこの2人は私を挟んでバチバチ火花を散らしている。
やっぱり仲悪いよね!? え、急にこのメンツで大丈夫なのか不安になってきたんだけど!
助けてアン!!
「はは……では、そろそろ向かいましょう。頼む」
依然として睨み合うマリウッツさんとアルフレッドさんに挟まれる私に同情する眼差しを向けつつ、ネッドさんが後ろに控える騎士に指示を出した。
「はっ! みなさん、こちらへ」
騎士に促されるがまま、その人を中心に円を描くように並ぶ。もちろん私の両手は2人に繋がれたままだ。どうやらこのまま行くらしい。なんてこと。
「では、行ってきます!」
「おう! 任せたぜ」
アルフレッドさんがオーウェンさんと出立の挨拶を交わした直後、私たちは青白い光に包まれた。僅かばかりの浮遊感を覚えた私は、両手をぎゅうっと握りしめて目を閉じた。




