第43話 マスターの判断
「というわけで、サチの【解体】の腕前を見に来たぞ!」
突然ドカドカと大きな足音を鳴らしながら魔物解体カウンターに顔を出したオーウェンさんは、開口一番でそう言った。
……いや、どういうわけで!?
オーウェンさんの中ではここに至るまでの経緯があるのかもしれないけど、私からしたら前触れがなさすぎるのですが。
絶賛魔物解体中だった私は、愛刀のオリハルコンナイフを手に大口を開けて呆けてしまった。
見知らぬ巨人の襲来に、カゴの中で眠っていたピィちゃんも「なんだなんだ?」と起き上がってきた。ピィちゃんを目にしたオーウェンさんの目がギラリと光る。
「なんてこった! ピクシードラゴンか! アルの野郎、こいつの話は聞いてねぇぞ」
あまりの勢いと凄みに、さすがのピィちゃんも怯えている。「おいで」と呼ぶと素早く私の腕の中に飛び込んできた。うんうん、怖いよね。
「なんだあ?」
カウンターが騒がしいことを聞きつけたドルドさんが、オーウェンさんをひと目見て盛大なため息をついた。
「全く、お前さんはいつも騒々しい。何の用だ?」
「おお、ドルド! 息災か? いや、サチの【解体】をこの目で見ようと思ってな!」
「なるほどなあ。その様子だとアルフレッドから諸々の経緯は聞いてきたんだろう。いいぜ、カウンターもそれなりに落ち着いているしな。サチ、今ある魔物でサクッと見せてやれ」
「は、はあ……」
ドルドさんの言う通り、少し遅れてアルフレッドさんも魔物解体カウンターに走ってやってきた。どうやら思い立ったらすぐ行動派のマスターを追いかけてきたようだ。
そのオーウェンさんは、腕組みをしてまだかまだかとキラキラした目でこちらを見ている。そんな好奇心旺盛な子供のように見られては、待たせるわけにはいかない気になってくる。
私はピィちゃんをカゴにそっと戻し、弛んだエプロンを締め直して作業台に向き合った。
目の前にはすっかり慣れ親しんだ魔物が陳列されている。
左からコカトリス、ホーンブル、ブラックスパイダー、そしてホーンラビットが5頭。
「で、では、参ります! 【解体再現】!」
オーウェンさんの視線が刺さってなんともやりにくいけれど、私は気を取り直して固有スキルを発動した。
ナイフの切っ先を解体対象に順番に向けると、頭の中で天の声が聞こえる。
『コカトリス、ホーンブル、ブラックスパイダー、ホーンラビットの記録を確認。【解体再現】を実行します』
シュパパパパパパパパパパァン!!!
天の声が止むと同時にナイフを握る手が目にも止まらぬ速さで動き、あっという間に全ての魔物が素材別に美しく解体された。
少し前までは、魔物の種類別にスキルを発動していたんだけど、この間作業机をうっかり解体対象に指定して解体してしまった時に思ったのよね。
もしかして、種類の異なる魔物もまとめて解体できちゃうのでは? と。
試してみたら本当にその通りで、なんともまあ便利なのよ。魔物の種別にまとめなくてもいいし、一呼吸置かない分単純に作業スピードが上がった。
最初からできたことなのか、レベルや経験値が私の能力を引き上げてくれているのか、詳しいところは分からないんだけど。
そして相棒のオリハルコンのナイフには、血の跡も脂の跡もついていない。
切れ味が良すぎて刃が肉に触れる前に切れているような不思議な感覚なんだよね。ほとんど汚れないし刃こぼれもしない。ガンドゥさんに定期的に見てもらっているし、手入れの仕方も教わっているけれど、本当に物凄いナイフだと思う。
「ふぅ、終わりましたよ」
汚れていないとはいえ、頑張ってくれたナイフの刀身を優しく拭き取り、作業台に置く。エプロンの紐を締め直してオーウェンさんを振り向くと、大きな口をあんぐりと開けて激しく目を瞬いていた。
「おいおいおいおい、こりゃあ一体……とんでもねえなあ!」
数度瞬きをしたあと、ようやく意識が戻ってきたようで、額に手を当ててガッハッハ! と鼓膜に響く大きな声で豪快に笑った。
「はぁ……なるほどなあ。確かにとんでもねえ。隣国にまでその名が轟くのも納得だな。サチ、お前さんの【解体】についてもう少し詳しく聞いてもいいか?」
「はい、もちろんです」
初見の魔物の解体はどうなるのか。
血抜きの作業はどうしているのか。
どのランクの魔物も解体できるのか。
簡単な質問だったので、難なく回答していく。
そして質問を終えたオーウェンさんは、眉間に深い皺を刻んで考え込んでしまった。
「そうかそうか、ありがとうな。うん、なるほど。アル、少しいいか。ドルド、お前も聞いておけ」
ポンッと私の頭を優しく撫でたオーウェンさんは、ちょいちょいっと指で2人を呼び出して、カウンターの外のテーブルへと向かってしまった。
私、アルフレッドさん、ドルドさんは顔を見合わせて首を傾げる。
とにかく呼ばれた2人はオーウェンさんの後を追ってカウンターから出て行ってしまった。
◇◇◇
「サチの【天恵】がとんでもないものだということは、よく分かった」
マスターは腕組みをして椅子にもたれかかった。マスターの巨体を支えている椅子がギシギシと悲鳴を上げている。
「そうだろう? 毎日目にしている俺でも毎回感心してしまうんだ、正に天の恵だぜ」
ドルドさんも愛娘の自慢をするかのように胸を張っている。けれど、マスターの表情は固い。何か思い詰めているような、そんな不穏な表情をしている。
「ああ、そうだ。サチの力は常軌を逸している。これまで何もなかったことが幸運だったぐらいだ」
マスターの言葉に、僕とドルドさんは顔を見合わせる。一体何を言いたいのか、話の行き先が分からない。
「サルバトロス王国への派遣の件だが、2つ条件をつける。まず1つ目。決して向こうの人間の前でサチの【天恵】は使うな」




