第40話 驚きの連続
「ちょ、え? 聞いてないんだけど!?」
クワッとアンに食ってかかるも、アンは「言ってなかったっけえ?」とヘラヘラ笑うばかりだ。白々しいにも程がある。くう、可愛い顔をして憎たらしい!
「え、ええっと……アンさん、それは確かなのですか? 僕には何の便りも届いておりませんが?」
アルフレッドさんがズレにズレた丸眼鏡を掛け直しながら、アンに尋ねている。
「ん? ええ、そうれすよ。パパ、私にはこまめに連絡をくれますからあ。わざわざ専用の伝書鳩ならぬ伝書鷹を調教してまで……いつまでも子離れできない困ったパパなんれすよ」
アンの言葉にアルフレッドさんが頭を抱えた。
「嘘だ……僕には年に一度連絡があるかないかなのに……え? あの人が最後に帰ってきたのっていつだっけ?」
胡乱な目をしながらブツブツ呟いている。ちょっと怖い。
「まあ、そういうことならアルフレッドがギルドを留守にしても問題はないな。何せマスターなんだから、ギルドのことは奴に一任すればいい。長らく留守にしていた分こき使ってやればいいんだ。サチが心配なんだろう。行ってこい」
ドルドさんが傷心のアルフレッドさんを慰めている。
「ドルドさん……ありがとうございます」
アルフレッドさん、ちょっと涙ぐんでる。相当マスターの尻拭いが大変なんだな。
社畜時代を思い出して同情してしまう。うちの部長も相当好き勝手やっていて、その後始末に追われるのはいつも部下の私だった。
「私も、アルフレッドさんがついてきてくれたら心強いです」
「サチさん……!」
ニコリと微笑みかけると、涙ぐんだアルフレッドさんがズイッと身を乗り出してきた。ちなみに、ローテーブルを挟んで、長椅子に使者のネッドさん、対面の長椅子に端からアン、ドルドさん、アルフレッドさん、マリウッツさんがギュッと詰めて座っている。
え、私? お誕生日席に座らされています。席次のルールは特にないみたいなんだけど、ええ、とても居心地が悪いです。
私の手を取ろうとしたらしいアルフレッドさんは、間に座るマリウッツさんに断固阻止されていた。防御力がとても高い。
私たちの会話を固唾を飲んで見守っていたネッドさんは、ようやく話がまとまったと判断したのか、コホンと咳払いをした。
「Sランクのマリウッツ氏に加え、Aランク冒険者として名を馳せたアルフレッド氏にまで同行いただけるとは、願ってもいない申し出です。心より感謝いたします」
「あ、いえ、僕は……戦力には入りませんので……」
アルフレッドさんが慌てて両手を振って否定している。
うんうん、そうだよね。アルフレッドさんはいつもギルドで書類仕事をしているインドア派で、必要に応じて色んなものを【鑑定】している事務寄りの人だから非戦闘員よね……って、ん?
「え、Aランク冒険者!? え、アルフレッドさん、昔冒険者してたんですか? しかもAランクって……Aランクって!!!」
私は思わずガタンと椅子を鳴らして立ち上がってしまった。
だって! え!? A!?
「おう、サチ。気持ちは分かるがちょっと落ち着け」
ドルドさんが諌めてくれるけれど、どうして落ち着いていられようか。
アンのパパがギルドマスターで、温和なアルフレッドさんが元Aランク冒険者だったなんて……青天の霹靂なのですが。
「……昔の話です。今はギルドのしがないサブマスターですから」
はは、とアルフレッドさんは寂しそうに笑った。
私はようやく何か事情があるのだと悟り、大人しく着席した。人には一つや二つ、触れられたくない過去があるものだもの。騒ぎ立てて申し訳なかったな。
「では、マスターが戻り次第、サチ様とアルフレッド様には我が国に来ていただきたい。これは我が国のギルドマスターからの依頼書です。ご確認ください」
私が落ち着いたところで、ネッドさんが書簡を取り出した。何やら荘厳な紋様の封蝋がされている。王家の紋というやつだろうか。
「確かに。サルバトロス王家の紋ですね。拝見します」
書簡を受け取ったアルフレッドさんが封を切ると、したためられた文章に視線を落とす。
「……先ほどお伺いした内容と相違ありませんね。こちら、マスターが戻りましたら渡しておきます」
「ええ、よろしくお願いします」
その後もう少し話し合いは続いた。
一刻を争う事態ではあるが、アン曰く数日以内にマスターが凱旋するようなので、私たちの出立はマスターが戻り次第すぐと決まった。
「それでは、こちらの通信機をお渡ししておきます。我々は一旦国に戻って国王陛下とギルドマスターに報告をいたします。準備が調いましたら通信機のボタンを押してください。すぐにお迎えにあがります」
全ての要件を伝え終えると、ネッドさんは後ろに控える兵士たちに合図を出した。
「協力に感謝いたします。失礼いたします」
恭しくネッドさんが頭を下げると同時に、兵士たちと共に青白い光に包まれて消えてしまった。
「え……! 消えた!?」
「大方、【転移】の【天恵】持ちがいたのだろう。珍しくはない」
ギョッと目を見開く私に、冷静なマリウッツさんが解説してくれる。
「さて、と。しばらくサチが留守にするってことは、またアイツらに気張ってもらわねぇとな!」
腕組みをしてガハハと笑うドルドさん。
きっと今頃ナイルさんとローランさんが盛大なくしゃみをしていることだろう。




