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第39話 隣国からの使者

「先ほどは大衆の面前で失敬。こちらも切迫しているので、場所を選ばずに用件を伝えてしまいました」


「いえ。事情は概ね把握いたしましたので」


 ガバリと頭を下げて謝罪の言葉を口にしているのは、ドーラン王国の東隣に位置するサルバトロス王国からの使者さんらしい。名前はネッドさん。凛々しい眉毛が特徴的で、歳はアルフレッドさんより少し上かな。王家直属の騎士なのだとか。


 そしてここはギルドの応接間。

 あのまま食堂で話を進めるわけにもいかず、どうしてか同席していたみんながここに集っている。アルフレッドさんはもちろん、ドルドさんにマリウッツさんも険しい顔をしてソファに腰掛けている。ドルドさんの肩にだらしなくもたれ掛かっているのはアンだ。まだ酔いが覚めておらず眠そうなアンまで連れてくる必要があったのだろうか、と私は首を傾げている。


「それで、詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか」


「ええ。もちろんです」


 神妙な顔をしたアルフレッドさんに促され、使者のネッドさんが大きく頷いて話し始めた。


 ネッドさんの話によると、夏の終わり頃から魔物の目撃数が急増しているみたい。私たちが経験したスタンピードと似た事象が起きてるらしく、倒しても倒しても魔物が後を絶たないようだ。冒険者は来る日も来る日も魔物討伐に追われ、ギルドも冒険者が持ち込む魔物の解体処理に追われているという。

 話を聞きながら、ああ、どこの魔物解体カウンターも同じなのね、と私は密かに同情すると共にまだ見ぬ解体師の皆さんに仲間意識を抱いていた。

 サルバトロス王国は海に面する国だから、海洋性の魔物が多くて大変なんだって。魚類を捌くにはコツや慣れが必要だし、軟体の魔物は刃物が通らずに中々厄介だもんね。


「あなた方が大きな被害を出すことなくBランクのダークサーペントの討伐およびスタンピードの収束をしたことは、ギルド連盟より伝え聞いております。十中八九我が国にも強大な魔物が出現したのでしょう。今、各地に調査員を派遣して該当の魔物を調査しているのですが、中々どうして見つからないのです。安全な場所に身を隠して力を蓄えているとなると、非常にまずい」


 サルバトロス王国は比較的新興国家で、ギルドに所属する冒険者にも若手が多い。マリウッツさんみたいな凄腕の冒険者は育ち切っておらず、現状に苦慮しているようだ。


「我らが国のことは我らのみで対処する。そう意気込んでおりましたが、どうにも魔物の数が多すぎる。討伐はなんとか手が足りているものの、もう魔物解体カウンターが崩壊寸前なのです」


「なるほど……それで、サチさんの噂を聞きつけて飛んできた、というわけですか」


 アルフレッドさんの視線がこちらを向く。

 話の内容が内容なだけに、私はとりあえずヘラりと笑って躱しておく。だって、嫌な予感しかしないんだもの。


「そうです! まるで天啓を受けたかのような衝撃でした! ドーラン王国のギルドには凄腕の魔物解体師がいて、瞬く間にどんな魔物も素材に解体してしまう。そんな話を聞いては藁にもすがる思いで使者を派遣するというものです」


「いやあ……それほどでも」


 なんだか褒められているっぽいので、謙遜しておこう。


「何せ『血塗れの解体嬢』という異名まであるのだとか!」


「ぶっ!!」


 そ、そっちの異名が伝わってるんかーい!

 まだ『神速の解体嬢』の方がマシなのに!


 思わず吹き出したのは私だけではなく、ドルドさんもだった。睨みつけると気まずげに視線を逸らせてしまった。あ、マリウッツさんの肩が震えている。あんたもかい。


「と、とにかく……異名はあくまでも異名ですので……それで、そちらの用件はその優秀な解体師の助力を求めること、なのですね」


「ええ、そうです! 話が早くて助かります」


 困ったように眉を下げながら要約するアルフレッドさんに、ネッドさんが首がちぎれそうなぐらい勢いよく頷いている。


「さてさて……困りましたね」


 アルフレッドさんが再度窺うように私を見る。

 これってつまり、隣国のギルドに出張して魔物を解体して欲しいってことだよね?


「もちろんそれ相応の待遇はさせていただきます! この依頼は王家の承認を得ております。つまりはギルドのみならず、我らが国王陛下からの依頼と見ていただいても構いません」


 待って!? 急に王様とか言われても、萎縮しちゃうんですけど!?


「断る選択肢はなさそうですね……まあ、あとはサチさん次第なのですが……すみません、このような事態になってしまいまして。数日でも構いません。積滞している魔物の解体が片付くまで……我がギルドとしてもサチさんを長期国外へ出すことには抵抗があります」


 重責とも思える依頼に縮こまる私に、アルフレッドさんは優しく語りかけてくれる。少しでも私の負担が減るようにという心配りが窺える。


「アルフレッドさん……ありがとうございます。私、行きます。困っている人がたくさんいて、それを私が解決できるってことですよね? 私の力を必要としてくれる人がいるんですから、断る選択肢はもとよりありません」


 一人で見知らぬ土地に連れ出されるのは正直不安だ。

 でも、元いた世界から事前のお伺いもなく急に異世界に召喚されたことを思えば大したことがない。


「サチさん……! ありがとうございます」


 アルフレッドさんが申し訳なさそうに頭を下げるので、慌ててそれを手で制する。

 アルフレッドさんが謝ることじゃないんだもの。この人はいつもそうだ。責任感が強いのはいいことだけど、むやみやたらと頭を下げる必要はないのに。


「俺も行くぞ」


「え、マリウッツさん!?」


 腕と足を組んで目を閉じていたマリウッツさんが、突然会話に加わってきた。

 それも、私と一緒にサルバトロス王国に行くとおっしゃる?


「おお! 凄腕解体師のサチ殿だけでなく、マリウッツ氏も同行してくださるとなるとは渡りに船とはこのことでしょうか!」


 マリウッツさんの同行宣言にネッドさんが感激している。


「ちょ、ちょっと待ってください! そ、それなら僕も同行します! ギルドのサブマスターとして大事なギルド職員を一人で国外へ行かせるわけには行きません!」


「俺がいるのだから一人ではない。そもそも、お前は無理だろう。ギルドはどうする。マスターも不在なんだ、サブマスターまでいなくなったら組織が回らんだろうが」


「ぐう……そ、それはどうにか調整をして……」


 マリウッツさんの正論を前に、拳を握りしめるアルフレッドさん。目が泳いでいるけれど、抱えた仕事を思い返しているのだろうか。段々と顔色が悪くなってきた。


 その時、今までほぼ寝落ちをしかけていたアンがむくりと起き上がった。


「それなら大丈夫れすよお。そろそろパパが戻ってくるみたいなんでぇ」


 緊張感のかけらもなく、あはは、と手を振りながら笑っている。アンのパパさんは、仕事で長期不在にしているとは聞いていたけれど、そのパパさんが帰ってきたところで、アルフレッドさんがギルドを空けることと何か関係があるのだろうか?


 ぱちくり目を瞬いているのは私だけで、アルフレッドさんもドルドさんも、さらにはマリウッツさんまでもがあんぐり口を開けている。

 

「え? え? アンのパパって偉い人なの?」


 キョロキョロとみんなの顔を見渡しながら尋ねると、アンはへらりと右手を振りながら教えてくれた。


「んー? ああ、私のパパ、このギルドのマスターなんらよ」


「え……えええええええ!?」

本日より第二部開始です!

どうぞよろしくお願いします。

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