第36話 ナイフの能力
「では、いきます!」
私の手には、照明の光を浴びて虹色に輝くオリハルコン製の解体用ナイフが握られている。目の前にはずらりと並べられた5頭のホーンブル。
オーディエンスはドルドさん、ナイルさん、ローランさん、マリウッツさん、そしてアルフレッドさん。
ナイフのお披露目ということで、マリウッツさんは特別に魔物解体カウンター内に入っている。アルフレッドさんは偶然近くを通り掛かり、是非にということで同席している。
【解体再現】を使えば一瞬で捌き終わるんだけど、せっかくこのナイフの初仕事だもの。通常の【解体】を使って切れ味をしっかり確かめよう。
「【解体】!」
ナイフをホーンブルに向けて【天恵】の名称を叫ぶ。
身体の奥底から熱が噴き出すように全身に熱い血が巡っていく。
『解体対象、ホーンブル、作業台を確認。スキルを発動します』
「え? 今、作業台って……あっ」
天の声が述べた内容に疑問を抱く間も無く、ナイフが淡い光を放ち、身体が自然と動き始めた。
わ、わ、すごい……!
まるで魔物の肉が道を譲るかのように、ナイフが触れるそばから肉が断たれていく。
軽い。今までと比べ物にならないほど、僅かな力でサクサクと解体が進んでいく。
不思議なことに、次にどこにナイフを入れればいいのか、筋道が淡く光って見えた。これまでは頭の中の地図と目の前の魔物を照らし合わせて最適解を導き出してナイフを進めていたけれど、視覚的に見えるなんて初めての経験だ。
肉、皮、牙、爪――頭に浮かぶ地図が転写されたように光る場所にナイフを入れていく。
あっという間にホーンブル5頭の解体が終わり――
「あっ、あっ……ああああああっ!?」
身体は止まることなくホーンブルが載った作業台を真っ二つにした。
スパパン! と、天板と脚を均一の太さの木材へと切り出していく。
スキルの停止を指示する前に、作業台は見事に木材へと変身してしまった。
「お、おおう……」
「すげぇ……建築ギルドでも引く手数多っすね」
「魔物だけじゃなくて作業台まで解体しちまうなんて……」
「……見事だ」
「あ、あはは……すぐに職人を呼んで元の作業台に戻してもらいますので、安心してください」
私の背後で見守ってくれていた一同は、十人十色な反応を示した。
「す、すみませんんっ!」
私は勢いよく皆さんに頭を下げた。
大事な作業台まで解体してしまうなんて……多分、気合を入れてナイフを振り翳したから、作業台まで解体対象として判断されてしまったのだと思う。今度からは気をつけよう……
能力レベルが上がって、スキルが成長しているため、自分が思っている以上にできることが増えているようだ。
私がしょんぼりしている間にも、アルフレッドさんがすぐさま職人さんを連れてきてくれて、あっという間に作業台は元通りになった。ホッ。
「いやあ、それにしても……さすがオリハルコンと言うべきか、ガンドゥの鍛えたナイフだと言うべきか……血の跡も一切付いてねぇし、刃こぼれひとつしてやいねえ。こりゃあ間違いなく上物だな」
顎に手を当てながら、まじまじと私のナイフを観察するドルドさん。
ドルドさんの言う通り、これまで使ってきたナイフとは明らかに使い心地が違った。よく切れて、丈夫で、しかも軽い。私の要望を全て満たしてくれた最高のナイフに仕上げてくれたようだ。
私もナイフを光に翳して改めて眺めてみる。
ナイフはもう淡い光を纏ってはいない。
あれは何だったんだろう?
「【解体】を使ったとき、ナイフや魔物が光って見えましたよね? あれは何だったのでしょうか?」
「はあ? 光って見えただと? おい、お前らには見えたか?」
何気ない私の問いかけに、ドルドさんは声を裏返して驚き、ナイルさんとローランさんに意見を求めた。2人は顔を見合わせてブルブルと首を振る。
え? と思ってマリウッツさんとアルフレッドさんに顔を向けると、2人もゆっくりと首を左右に振った。
あ、あれ? 光って見えてたのは私だけ……?
「何かのスキル効果でしょうか? 能力レベルは上がっていませんよね?」
「はい。特に天の声は聞こえませんでした」
アルフレッドさんがズレた丸眼鏡をグイッと上げつつ考え込む。「もしかして?」とブツブツ呟いたかと思ったら、ガバッと勢いよく顔を上げた。その拍子に、せっかく直した丸眼鏡がまたズレた。
「サチさん。そちらのナイフを【鑑定】させていただいても?」
「え? ナイフを、ですか?」
突拍子もない申し出に驚きつつも素直に差し出す。「失礼します」と断りを入れてからナイフを受け取ったアルフレッドさんは、ギュッとナイフを握ってから目を閉じた。
「ああ……これはとんでもないですね」
「え?」
みんなでアルフレッドさんの【鑑定】結果を待つ。
ゆっくりと目を開けたアルフレッドさんは、苦笑しながら【鑑定】結果を教えてくれた。
「このナイフにはスキルとも言える特別な効果が宿っているようです」
「え……道具にもスキルが宿るんですか!?」
てっきりこの世界の人特有の能力だと思っていたので、驚きを隠せない。
驚愕する私に、アルフレッドさんは小さく首を振って微笑んだ。
「いえ。普通は宿りませんよ。勇者の剣にさえ、そのような効果はないのですから。稀に、腕の良い職人が丹精込めて作り上げたことで特別な効果が宿ることはありますが……あるいは、余程特殊な素材を用いたか。いずれにせよ、本当に事例の少ないことですよ」
私のナイフの素材は、甲冑亀の甲羅に生えた特別なオリハルコン。それに、ナイフを鍛えてくれたガンドゥさんは職人として腕利きだから、2つの条件が揃った結果、特殊なナイフとして生を受けたのかもしれない。
「なるほど。あのオリハルコンは一度甲冑亀に吸収されたことで、普通のオリハルコンよりも濃密な魔素を含んでいたのだろう。それで、一体どんな効果が宿っているんだ?」
そう、問題はそこだよね。
一体どんな効果なんだろう?
ドキドキしながらアルフレッドさんの言葉を待つ。アルフレッドさんは深く頷いてから口を開いた。
「そうですね。様々な条件が揃って、生まれたナイフなのでしょう。このナイフが有する効果は2つ。【持ち主の能力を底上げする効果】と、そして、【獲得経験値を倍増させる効果】です」
「能力の底上げと……経験値を倍増!?」
えっ! どっちもとんでもないのでは!?
「ええ、その通りです。とんでもないのです」
また心の声が漏れてた! お恥ずかしい限りです!
「使用者のサチさんにだけナイフが光って見えたのは、ナイフがサチさんの能力を引き上げていたからでしょうか。道具の所有者として認められた証でしょう。サチさんとオリハルコンのナイフ。相乗効果で更なる高みへと昇り詰めていくかもしれませんね」
高みって何処ですか。と思わなくはないけど、とりあえず経験値を多く得ることができるなら、能力レベルが上がりやすくなるってことか。今は能力レベル5だから、もう1レベル上がったら解体対象のランクも広がると思うんだよね。
今までは偶数レベルで解体対象が拡大しているから、多分そろそろCランクまで解体できるようになるはず。うん。まずは能力レベル6に上げることを目標にして頑張ろう!
こうしてとんでもナイフのお披露目解体は驚きの結果をもたらしつつお開きとなり、通常業務に戻ることになった。




