第32話 ギルドへの帰還
「見えてきたな」
「はい。たったの3日なのに、随分と久しぶりのように感じます」
翌朝、鉱石採取の目標及びクエストを無事に達成した私たちは、王都へと帰還した。
魔除けの腕輪の効果か、魔物に遭遇することなく安全な帰路だった。
一度だけ、1頭のレッドブルが離れた位置からこちらを窺っていたけれど、マリウッツさんが睨みつけただけで飛び上がって逃げていった。恐るべし、Sランク冒険者。
「マリウッツ殿! お疲れ様です!」
「ああ」
城門の門番にクエストからの帰還を知らせ、笑顔で王都の街へと迎え入れられた。
門をくぐると、途端に賑やかな街の声に包まれる。人々が行き交い、笑顔を咲かせ、活き活きと過ごしている王都の街。
ああ、戻って来たんだなぁ。
ついさっきまで魔物が生息する場所を歩いていたことが夢だったんじゃないかと錯覚するほど、この街の景色は私にとっての日常となっているんだと改めて感じる。
ギルドは王都の中心に位置しているので、城門からだともうしばらく歩く。
行きよりも荷物は増えているし、たくさん歩いて足もパンパンだけど、疲れた身体に鞭を打ってギルドを目指す。もちろんマリウッツさんは疲労のかけらも感じさせる様子はなく、一番重い鉄鉱石とオリハルコンが入った袋を背負っているのにケロリとしている。私ももっと鍛えなきゃ。
「ギルドでクエストクリアの手続きをして、早速オリハルコンを持ち込みに行くぞ」
「はい! ところで、持ち込み先はどちらに?」
「ん? お前の職場の隣にあるだろう。鍛冶カウンターが」
……ああ、そういえば!
ギルドに入って左側に進むと、私が勤務する魔物解体カウンターの他にもう1つ別のカウンターがある。
それは武器の鍛冶カウンター。
剣や斧といった武器は、魔物と戦うほどに刃こぼれし、摩耗していく。そんな冒険者の武器に新たに命を吹き込み、鍛え直してくれるのが鍛冶カウンターというわけだ。
「街の武器店に依頼してもいいんだが、俺は鍛冶カウンターの親父の腕を信頼している。俺のこの剣を鍛えたのもその親父だ」
「そうだったんですね」
同じ空間に所在しているというのに、私ったら全然知らなかった。
鍛冶カウンターの親父さんとも就職時に軽く挨拶をしたっきりだ。
確か、寡黙で堅実な職人って印象の人だったと思うけど、まさかマリウッツさんの剣を鍛えた人だったなんて。
改めて挨拶しないとな、と思っていると、見慣れたギルドの建物を視界に捉えた。
うわぁ……なんか、実家に帰ってきた感覚……
子供の頃、学校を終えて走って帰ると、いつもおじいちゃんや常連客のみんなが笑顔で出迎えてくれた。あの大好きだった定食屋と同じぐらい安心感を抱くのは、ギルドに家族同然の大切な人たちが出来たからなのだろう。
「早く行きましょう!」
「あ、おい!」
無性にみんなに会いたくなってしまい、疲れなんて吹っ飛んでしまった。
ガシャガシャと重いリュックを揺らしながら、私はギルドの扉の前に駆け寄った。
少し緊張しつつ、ギィッと蝶番が軋む音を鳴らしながら扉を押し開ける。
「こんにちは! ギルドへようこそ! ご用件は……って、サチ? サチ! サチじゃない!」
ギルドに足を踏み入れて聞こえてきた第一声は、大好きな友人のものだった。
「アン! ただいまぁ」
片手を上げてへらりと声を掛ければ、アンは素早くカウンターを回り込んで私の元まで駆けて来てくれた。
「もうっ、何よその気の抜けた挨拶は! もうっ! もうっ! 心配してたんだから! 何処も怪我してない? 魔物には襲われなかった? マリウッツ様が一緒だとはいえ、万一のことがないとも限らないでしょう? はぁ……ご飯も1日3回しか喉を通らなかったんだから」
「ちゃんと1日3食食べてたんじゃない」
相変わらずのアンの様子に思わず吹き出してしまう。
プゥッとわざとらしく頬を膨らましていたアンも、プッと笑い出した。
「元気そうね。おかえり、サチ」
「うん。ただいま、アン」
「おい、入り口が塞がって邪魔だろう。クエストクリアの確認を早くしてくれ」
再会を喜び、和やかに微笑みあっていたのに、私たちの会話に割り込む空気の読めないマリウッツさんである。
「あ! はい、ただいま!」
アンは慌ててカウンターに戻って営業スマイルを携えると、私たちが受注したクエストの用紙を取り出して目を通し始めた。
「依頼内容は鉄鉱石10個ですね。実物を確認いたします」
「どうぞ」
マリウッツさんに目で促され、袋をガバッとひっくり返した。
袋いっぱいに詰めて来たので、その数は優に10を超えている。
「すご……数えるまでもないわね。はい。クエスト内容の遂行を確認いたしました。クエストクリアとして報酬をお支払いしますので少々お待ちください」
アンは素早く報酬金を用意して袋に入れてくれた。
「はい、銀貨8枚ずつ。鉄鉱石はどうしますか? 10個は依頼者へギルドからお渡しするので預かりますが、残りは買取で? 他にも鉱石がありそうですね」
「いや、鍛冶カウンターに直接持ち込む」
「わかりました。それでは、余りの鉄鉱石はお返ししますね」
アンが大ぶりの鉄鉱石を10個回収してから、残った分を袋に戻した。
「あ、そうだ。灯籠草ってどこに持ち込めばいいかな?」
副産物で大量に手に入れた灯籠草。袋いっぱい入っているところを見せると、アンは飛び上がらんばかりに驚いた。
「うっそ! こんなに!? ちょ、全部ギルドが買い取るわよ! 待ってね」
慌てて書類を新たに引っ張り出し、1株、2株、と灯籠草を数えるアン。
「……28株もあるじゃない。しかも根っこから採ってくれたのね。これならいくつかは栽培に回してもいいかも。1株銀貨5枚もするのよ、これ。28株だから……銀貨で140枚、えーっと、金貨14枚ね! これも折半でいいの?」
指折り数えるアンに、私たちは顔を見合わせて頷いた。思わぬ収入になっちゃった。
アンは急いで金貨を14枚用意して、7枚ずつ私たちに差し出した。受け取り完了用紙にそれぞれサインをして終了だ。
「ふう、以上で手続きは完了です。お疲れ様でした!」
「サチ、行くぞ」
「あ、はい」
マリウッツさんは休む暇を与えるつもりはないらしい。手続きが終わるや否や、次の目的地である鍛冶カウンターに向かうべく、颯爽とギルド内を闊歩していく。
慌てて後を追おうとした私の腕を、アンがグイッと引っ張った。
どうしたのかと振り返ると、アンは意味深な笑みを浮かべていた。口角がものすごく上がっている。この顔は、絶対よからぬことを考えている。
「何よ、早くしないとマリウッツさんに怒られちゃうじゃない」
「うふふ、随分と仲良くなったみたいねぇ。で? で? この3日で何かあったの?」
「え? 何がよ」
アンの言いたいことがいまいち分からなくて聞き返すと、「ハァァ……」と大袈裟なぐらい大きなため息をつかれた。
「もうっ、ラブよ! ラブ! 2人の関係がグッと縮まるようなハプニングとかさぁ、なかったわけ?」
「はぁっ!? ラブ!?」
命懸けのクエストに出ていたというのに、アンの頭の中はお花畑なの!?
あ、命懸けだからこそなのかな。吊り橋効果っていうのもあるぐらいだし……
ラブかぁ……と振り返って、星空の下で寝袋を並べて就寝したことを思い返す。
星空に負けないほど美しく煌めいていたマリウッツさんの瞳。吸い込まれるようなアメジスト色を思い出すと、少し落ち着かない気持ちになる。
まあ、並んで寝るのは確かに緊張したけど、結局疲れてて朝まで爆睡しちゃったんだよね。
「うん、ないよ?」
「ハァァ……」
考えた結果の回答だったのに、アンにまたため息をつかれた。でも、「ない」と答えた時、少し胸がもやりとしたのはなんでだろう。
「まあいいわ。クエストでのことはまた休みの日にゆっくり聞かせてちょうだい。さ、サブマスターが不在のうちに用事を済ませちゃいなさい」
「え? アルフレッドさん? どうして?」
「あの人、あんたのことが心配すぎて仕事でミスするわ柱に頭をぶつけるわで使い物にならないからって、他の職員に無理やり休暇を取らされているのよ」
過保護よねえ、とアンが苦笑している。
心配かけたんだったら、尚のこと会った方がいいんじゃないかな?
お守りに魔除けの腕輪も貰ったし、必ず元気な姿を見せるように言われていたもの。
「とにかく、自分の用事を先に済ませてきなさい。サブマスターには仕事が始まったらまた会えるわよ」
「おい、何をしている。早くしろ」
アンに背中を押されたのと同じタイミングで、明らかに不機嫌なマリウッツさんが顔を覗かせた。いけない、余りに遅いから様子を見に戻ってきたんだ。
「ひゃっ! ごめんなさい! じゃあ、アン。またね!」
「はぁい、行ってらっしゃい」
終始ニコニコと楽しそうなアンに見送られ、私はマリウッツさんと一緒に鍛冶カウンターに向かった。




