第31話 甲羅は解体できません?
「改めて見ると随分とデカいな」
「お、大きいですね……」
私たちは、甲冑亀の住処だった洞窟を無事に脱出して昨夜野営した場所まで戻ってきていた。日はすでに傾きかけていて、私たちの影が長く伸びている。
そして今、私たちの前には、甲羅の状態を確認するために【圧縮】を解除した甲冑亀がデデンと横たわっている。
うーん、軽自動車ぐらいはあるんじゃない?
とにかく、大きい。
そして肝心の甲羅は――
「間違いない。オリハルコンだ」
マリウッツさんがコツコツと叩いたり、触れて質感を確かめたりして頷いた。
持ち帰った甲冑亀の甲羅は、明るいところで見ると随分と色鮮やかだった。
オリハルコン以外にも、鉄鉱石、銅や銀といった鉱石もたっぷり食べていたようで、面白いことに甲羅の甲板1枚1枚の質感が異なっている。
純度は鉱石の専門家に鑑定してもらわないと分からないけれど、甲冑亀は食べたものの成分をそのまま甲羅に吸収させるという特徴があるので、期待値は高い。
「やりましたね!」
こんなにスムーズに目標の鉱石が見つかるなんて、ラッキーだよね!
それもこれも、洞窟を見つけてくれたピィちゃんのおかげ。
「ピィちゃん、あの場所に連れて行ってくれてありがとうね」
「ピィピィ!」
ピィちゃんはえっへんと胸を反らせ得意げな顔をしている。私とマリウッツさんは顔を見合わせて同時に吹き出した。
「さて、鍛冶店に持ち込むにしても、甲羅から取り出さねばならんな……サチ、こいつを【解体】でバラせるか?」
腕組みをしていたマリウッツさんが、ピッと甲冑亀を指差した。
確かに、このまま持って行ったら甲羅を加工するのがとてつもなく大変そうだわ。
少しでもかかる費用を抑えるためにも解体しておくのが最善。
「うーん、肉と甲羅に分けたことはありますけど、甲羅自体をとなると……骨だったら切れますけどね」
そう言って笑うと、マリウッツさんは呆れた顔で首を振った。
「はぁ。骨が切れるのは普通じゃないだろう。だが、骨が切れるなら問題ない。亀の甲羅は元々は肋骨だ」
「えっ! そうなんですか!?」
マリウッツさん、博識すぎない?
「冒険者をしていると、色々と知見が広がる」
また心の声が漏れていたみたい。マリウッツさんは何でもないとでも言うように、私の疑問にあっさり答えてくれた。
でも、確かにマリウッツさんの言うことも一理あるかもしれない。
この世界に来てからずっと、私は安全な王都で平和で多忙な日々を送ってきた。こうしてクエストに出て、実際に自分の目で見て肌で感じたことは何にも換えられない経験値となって私の糧になると思う。
冒険者御用達の道具の数々も、どれほど危険な環境に身を投じて生きているのかも、この世界がとても広くて美しいことも、外に出ないと知ることはなかっただろう。
魔物が蔓延る世界だから、安易に街の外に出ることは叶わないけれど、今回こうしてクエストに連れ出してもらって本当によかった。
「マリウッツさん。私をクエストに連れて来てくれて、守ってくれてありがとうございます」
しみじみとマリウッツさんにお礼を伝えるも、当の本人は怪訝な顔をしてしまった。
「何を改まっている。それよりも早く解体して見せろ」
「……すみません」
マリウッツさんの鬼の一言で、私のしんみりモードは一瞬で吹き飛ばされてしまった。
もう少し感傷に浸らせてくれても良くない? とブチブチ文句を垂れつつリュックの中から包丁を取り出した。
さて、本当に甲羅が元は骨だと言うのなら、試してみる価値は大いにある。
「いきます! 【骨断ち】!」
スウッと深く息を吸って、固有スキルを発動する。
『対象を確認。固有スキルの行使が可能と判定。スキルを使用します』
天の声が頭の中に響き、包丁が僅かな光を纏った。
力任せに切りかかれば、刃がボロボロになりかねない硬い甲羅に、嘘のようにスルスルと包丁が入っていく。使うたびに不思議な感覚だと思うけど、本当に豆腐を切っているみたいに柔らかく感じるんだよね。
せっかくなので、オリハルコンだけでなく、他の鉱石や甲羅のままの部分も丁寧に切り分ける。甲羅も防具に加工できるしね。収入源は見逃せない。
スルスルと楽しいぐらいに包丁が入っていくものだから、ものの数分で見事に種類別に分類が完了した。
「相変わらず見事な腕だ」
マリウッツさんは、私の作業を間近で見て満足げにしている。
本当に【解体】を見るのが好きな人だよね。
「ピィッ! ピィッ!」
「ん? お前もサチの仕事を見るのが好きなのか」
私たちの頭上を飛び回っていたピィちゃんが、マリウッツさんの肩に乗って同意するように高く鳴いた。何気に仲がいいんだよね、この2人。ドラゴンの言葉が分からないはずなのに、どうしてか会話が成立しているように見えるのだから面白い。
「さて、せっかく甲冑亀のお肉があることだし、残ってる野菜を使って今夜はお鍋かな」
甲冑亀の皮は厚いけど、丁寧に捌けば中のお肉は鶏肉のように弾力があってなかなかに美味しいのだ。
マリウッツさんも頷いて焚き火の用意を始めてくれたので、今のうちにスパパッと解体してしまう。
近くの小川で水を汲み、しっかりと煮立ててから具材を放り込む。
調味料で味を調えて、ひと煮立ちさせればあっという間にお鍋の出来上がり。
「いただきまーす!」
昨日と同様、ベンチ代わりの丸太に腰を下ろして2人と1匹で鍋を突く。
「うまいな」「美味しいですね」と、余計な会話をせずに黙々と箸を進める。
やっぱりマリウッツさんとの間に流れる沈黙は、不思議と心地いい。
いつの間にか日が落ちて、頭上には満天の星々が瞬いている。
あっという間にお鍋を平らげた私たちは、昨日に倣って寝支度を整えると夢の中へと旅立った。




