第21話 ギルドの祝勝会
スタンピードの終幕から5日。
今日から3日間、ギルドはクエストの受注を停止してスタンピードを乗り越えたことを喜ぶ祝勝会が主催されている。
昼間からエールの大樽がいくつも開けられ、大量の魔物肉が絶品料理に変身して所狭しとテーブルに並んでいる。ゆらりと湯気を立ち上がらせ、鼻腔をくすぐる香ばしい匂いに引き寄せられるように冒険者が我先にと群がっている。
私もエールのジョッキを片手に、アンとの買い物で購入したこういう日のためのドレスワンピースを身に纏っている。
淡く大人っぽいバイオレットカラーで、前は膝下までの長さだけれど、後ろは足首を覆うほど長くなっていて、マレットドレス? とかいう名前らしい。
ちなみにピィちゃんは私の部屋でお昼寝中。しばらく楽しんだら様子を見にいかないとね。
ピィちゃんは何でもよく食べるけど、魔物肉が特に好きみたいだからご飯も取り分けて持っていってあげよう。
テーブルを見回すと、焼き鳥に巨大なハンバーグ、ローストビーフ風の料理などなど、元の世界に馴染み深い料理も多くて嬉しくなってしまう。
「サチぃ〜! 飲んでるぅ?」
「ちょっとアン……もう出来上がっているじゃない」
目ぼしい料理を一通りお皿に盛り付けて、ギルドの片隅でちびちびジョッキを傾けながら楽しんでいるところにアンが突撃してきた。
アンをはじめとする受付嬢の皆さんも、スタンピードの際は魔物の討伐数の管理や戦況の記録などなど、事務処理の大部分を買って出てくれていた。
そんな花の受付嬢の皆さんは、冒険者たちに囲まれて楽しそうにお酒を楽しんでいる。
アンはなみなみとエールが注がれたジョッキを私の前に置いて、ちゃっかり居座る姿勢を示した。
「えっへへ〜。サチ、やっぱりそのドレス似合うじゃない。私の見立てに間違いはないわあ!」
「あはは……ありがと。アンもそのドレス、可愛いよ」
アンも私との買い物でドレスワンピースを購入していた。
桃色で裾がふわりと膨らんだ可愛らしいデザインで、私にはとても着る勇気が持てない女の子らしいドレス。さすがのアンは可愛らしく着こなしている。
「えっ、やだあ。サチったら私のこと口説いてるの?」
「はぁ……ちょっとお水飲んだ方がいいんじゃない?」
私の言葉に、わざとらしく両手で口を覆うアンに苦笑する。
アンはカラカラと楽しそうに笑って、最近の仕事の愚痴やら推しの冒険者情報やらをひとしきり語り尽くしてから満足げに他の人混みへと渡っていった。自由な子だ。
「おう、サチ。楽しんでるか?」
「ドルドさん!」
アンが立ち去って間も無く、両手に巨大な肉串を持ったドルドさんがやってきた。
鼻周りが赤くなっているのでお酒もずいぶん堪能したご様子。
「いやあ。この歳になってのスタンピードは身体にこたえたなぁ。あいつらも弱音を吐かなきゃ腕は一人前なんだが、サチの前向きさと勤勉さには救われたぜ」
やれやれ、と大きく息を吐きながらドルドさんが見つめる先には、陽気なリズムで踊るローランさんとナイルさんの姿があった。
2人もスタンピードの期間は休み返上で働き通しで、最終日には燃え尽きて真っ白になっていたから心配していたけど、もうすっかり元気になったみたい。
やいのやいのと冒険者に混じって奇妙な踊りに興じている。誰が持ち込んだのか、太鼓や笛の演奏まで始まってすっかりお祭り騒ぎだ。
「知ってるか? サチが一部の冒険者の間でなんて呼ばれてるか」
楽しげなドルドさんに尋ねられ、私はピシリと固まった。先日、アンと街に行った時の記憶が蘇る。
「え…………ま、まさか、ち、血塗れの……?」
不本意な通り名が広まったのかと顔を青くする私に対し、ドルドさんは「はあ?」と素っ頓狂な声を上げた。
「血塗れぇ? なんだその物騒な呼び名は。違えよ。『神速の魔物解体嬢』だってよ。ガハハ、中々に的を射てやがる」
「し、しんそく……」
良かった。随分と大袈裟だなとは思うけど、物騒な呼び名は広まらなかったみたい。
ホッと一息吐いて、ジョッキを傾ける。
すっかり渇いた喉が潤いを取り戻していく。
プハッとジョッキを置くと、視線を感じたので顔を上げる。視線の主はドルドさんだった。先程まで楽しそうに笑っていたドルドさんが、優しく目を細めて私を見つめている。
「異名が付くほど、サチもギルドの一員としての認知度が上がってるってことだ。サチの話題を聞くたびに、俺は嬉しくなっちまう。大収穫祭とスタンピード、立て続けにとんでもねぇイベントを経験することになって戸惑っただろうに、最後までよく踏ん張ってくれたな」
「……いえ。私ももう魔物解体カウンターの職員ですから。自分の職務を全うしただけですよ」
それに、私が頑張れるのは、信頼できる上司や同僚がいるから。そして、私が彼らに信頼を寄せるのと同様に、彼らも私を信頼してくれているから。
ドルドさんは新人の私にもたくさんの経験を積ませてくれるし、仕事を任せてくれる。失敗した時は俺が責任を取るから思いっきりやれ、と言ってくれる本当に最高の上司なんだから。
「そういえば、折れたナイフは残念だったな。きっと、買い替えの頃合いだったんだ。今は予備を貸し出してるが、どうするんだ? サチの腕なら特注で作ってもいいとは思うが」
うう、悲しいことを思い出してしまった。
サラマンダーに襲われたあの日、突然失った大事な相棒。
目を閉じれば手に感触が思い出せるほどに使い込んだ愛刀。
ピィちゃんの防護結界に弾かれて真っ二つになったナイフは、魔物解体カウンターの道具置き場の一角に大事に保管させてもらっている。
綺麗に真っ二つに割れたから、職人に頼んで打ち直してもらうこともできるんだけど、ドルドさんが勧めなかった。一度折れてしまったものは、どうしても強度が落ちてしまうらしい。
それに、魔物解体カウンターの就職時にもらったナイフだったけど、就職祝いに相応しく初心者向けのナイフだった。もちろんよく切れたし使いやすかったんだけど、硬い肉や骨、ましてや高ランクの魔物を捌くには不相応なのは明白だった。
【解体】のスキルのおかげでなんとかなっていたけれど、とっくにナイフの技量を超える仕事をこなしていた。折れてしまった今になって、ようやく分かる。随分と無理をさせてしまっていたのね。
「特注となると、その……お値段が張るでしょう?」
アンと街に出かけた時に目にした値札を思い出す。
いいな、と思ったナイフはどれも給料数ヶ月分の高値で目玉が飛び出るかと思ったもの。
そりゃ、いつかは特注のマイナイフを持つのが密かな夢ですけどね。
そう説明すると、ドルドさんも納得したように唸り声を上げた。
「ううむ。経費で買うとすれば流石に高価なナイフには手が出せねえしなあ……今後能力レベルが上がって高ランクを処理することを見越しても、ナイフの素材には妥協しねえ方がいい。叶うなら、オリハルコンやミスリル製が理想なんだが……希少な鉱石だからなあ」
「高いですよね……」
私たちは同時にため息をついてしまう。
スタンピードに際して特別手当が出るらしいけど、きっとそれでも手が届かない。
「私の手の出る範囲で、一番いいものを買います。それから貯金して、もっといいナイフを買うことにします」
「おう。目標を持つことはいいことだ。ナイフ選びに困ったらいつでも呼んでくれや」
「えっ、いいんですか! 頼りになります!」
それから、ドルドさんのナイフの手入れ方法や、硬い魔物解体のコツ、硬い魔物よりも軟体の魔物の方が解体難易度が高いことなどなど、解体談義に花を咲かせた。
「……あっ!」
そんな中、ふと視線を投げた先にとある人物の姿を捉え、思わず音を鳴らして椅子から立ち上がってしまった。突然だったから、ドルドさんが瞠目している。
「うん? どうかしたのか?」
「あ……えっと、はい! ちょっと、会いたかった人を見つけたもので……すみません、少し行ってきます!」
「おう。走るなよ」
私の視線を辿り、納得したように微笑むドルドさんに頭を下げ、私はギリギリ走らない速さで人混みを縫っていく。
スタンピード以降、一向に顔を見せに来てくれなかったから、今日までずっと会うことができなかった人。
「マリウッツ様!」
結局最後には駆け寄って声をかけると、壁にもたれて静かにコップを傾けていたマリウッツ様がゆっくりと顔をこちらに向けた。




