第20話 スタンピードの終わり
これから一緒に暮らすことになるため、私はピクシードラゴンに名前をつけることにした。
ピクシードラゴンから取って、シンプルに『ピィちゃん』。鳴き声もピィピィと小鳥のように可愛いのでピッタリの名前だと自負している。ふふん。
あのあと、目を回して倒れたアルフレッドさんは3日寝ていなかったこともあり、翌朝までぐっすり眠っていたという。
そしてアルフレッドさんの目覚めを待っていたかのように、その知らせは届けられた。
「伝達係より伝令! 今回のスタンピードの原因と思しき『イレギュラー』、ダークサーペントの討伐に成功しました!!」
その知らせに、ギルドは沸きに沸いた。
どうやらマリウッツ様を始めとする討伐部隊も全員無事のようで、休息を取りながら帰還の途についているという。
ダークサーペント討伐、そしてマリウッツ様をはじめとする冒険者の皆さんの無事を知り、私は身体から力が抜けて近くの椅子にへたり込んでしまった。
よかった。誰1人欠けることなく乗り越えたんだ――
きっと、マリウッツ様はいつものように涼しい顔をして帰ってくるのだろう。
その姿を想像して、胸に安堵の気持ちがじんわり広がっていく。
毎日魔物を持ち込まれていた時には、もうマリウッツ様の顔は見たくないと泣き言を言っていたけれど、今は、無性にあの無表情に会いたいと思っている。不思議なものだ。
『イレギュラー』とされるダークサーペントの消失により、興奮状態に陥っていた魔物たちが平静を取り戻し、群れを逸れていた魔物たちは徐々に自らの棲家へと帰っていった。
王都に魔物の侵入を許さず、大きな怪我人も出なかった。
これは冒険者たちが協力し、統率の取れた動きで対処にあたったからである。
現場を指揮したアルフレッドさんを褒め称える声は後を立たず、ダークサーペントを仕留めたマリウッツ様にも称賛の声が集まった。
こうして、約1週間に渡るスタンピードは終幕を迎えた。
◇◇◇
「さて、魔物解体カウンターの皆さんにはスタンピードを陰で支えていただき、本当にありがとうございました」
スタンピードによる影響や後処理に追われる中、アルフレッドさんに呼ばれた私はギルドの執務室に通されている。もちろんピィちゃんも一緒に。
「いえ、冒険者の皆さんに比べたら、そんな……」
思わず両手を振って謙遜してしまう。素直に気持ちを受け取ればいいのに、日本人の悪い癖だわ。
「スタンピードは誰が欠けても乗り越えることができなかったでしょう。前線に立って魔物を討伐した冒険者はもちろん、各方面の戦況を的確に伝えてくれた伝達係、それに事務処理を一手に引き受けてくれた受付カウンターの皆さん、そして大量の魔物を処理してくれた魔物解体カウンターの皆さん。まだこちらの世界に来て間もないサチさんにも、大変尽力していただき感謝しています」
「あ、ありがとうございます……」
曇りのない眼差しに射抜かれ、私は気恥ずかしくなりつつも、今度は素直に感謝の言葉を受け取ることができた。
元いた世界では、『この仕事、私じゃなくてもできるくね?』とやさぐれながら目の前の仕事を片付ける日々に追われていた。
でも、こっちに来てからは、私にしかできない役割を見出せた。
私の仕事に感謝してくれる人がいる。
喜んでくれる人がいる。
それがこんなにも嬉しいなんて。
うっかり感動して瞳が潤んでしまったので、気取られないように俯いてしまう。
でも、きっとアルフレッドさんにはお見通しなのだろう。
優しくて大きな手で、ポンポンッと頭を撫でられた。
なぜか、ブワッと泣きそうになって、グッと唇をかみしめて堪える。
ピィちゃんが心配そうに「キュウ?」と首を傾げて頬を擦り寄せてくれたおかげで、フフッと自然と笑みが漏れた。
「さて、今日お呼び立てしたのは、改めて【鑑定】させていただくためです」
そう、今日の本題は私の【天恵】の【鑑定】。
サラマンダーを解体したあの時、私は確かに『天の声』を聞いた。
「エクストラスキル……って言っていました」
「ふむ、聞いたことがありませんね。もしかすると、前回靄がかかって見えなかったスキルなのかもしれません。では、失礼して」
アルフレッドさんの大きな手が、私の手を包み込み思わずびくりと肩が跳ねた。
【解体】のおかげで身体への負担は少ないけれど、指の皮は厚くなったし、少し豆もできている。軟膏で手入れはしているものの、女の子らしい手とは言えない。どうも気恥ずかしさが勝ってしまい、手を引っ込めたくなる。
「ああ、やっぱり。とんでもないスキルのようですね」
そんな私の乙女心には一切気づかないアルフレッドさんは、苦笑しながら【鑑定】の結果を教えてくれた。
【天恵】:【解体】
能力レベル:5
解体対象レベル:Fランク、Eランク、Dランク
解体対象:魔物、動物、食物、物体
解体速度:C
解体精度:C
固有スキル:三枚おろし、骨断ち、微塵切り
エクストラスキル
発動条件:命の危機に瀕した時、あるいはそれに付随した状況に陥った時
効果:解体対象レベルを1段階超えてスキルの使用が可能となる
ん? 解体対象に食物と物体が増えている。
もしかして、魔物や動物だけじゃなくて木材とか、そういうのも対象になったってこと?
それにちゃっかり固有スキルが増えている。
微塵切りって……解体対象に食物が増えているのも関係してそう。
三枚おろしといい、なんだか料理に重宝しそうなスキルだなあ。
魔物肉の塊に微塵切りのスキルを発動したら、ミンチ肉になるんじゃない?
おお……これはまた精肉店からも引っ張りだこになってしまいそうな予感。
「サラマンダーはCランクでした。サチさんの能力レベルでは、本来【解体】対象外のランクです。ですが、サチさんが死を覚悟したため、エクストラスキルの発動に至って、【解体】することができたわけですね」
どうもそういうことらしい。
エクストラスキルが発現していなかったら、間違いなく死んでいた。
本当にスキルに助けられた。
改めて死に直面したことをまざまざと思い返して、今更ながら顔が青くなる。
「本当に、サチさんが無事でよかった……」
アルフレッドさんまで悲痛な顔をして拳を握り締めている。
身勝手な理由で召喚され(巻き込まれ)、さらには生まれ育った場所ではない異世界で無惨にも命を落としたとなれば、召喚した側としてはいたたまれない。
でもアルフレッドさんは召喚に直接関わっていないし、そんなに責任を感じることではないのに。とは思いつつも、アルフレッドさんの気持ちも分からなくはない。
「それで、アンに聞いたんですが……スタンピードを乗り越えたお祝いをギルドでするんですよね?」
少し暗い雰囲気になってしまったため、あえて明るい話題を持ち出した。
アン曰く、スタンピードが終息した後、しばらく魔物たちは沈静化するらしい。
スタンピード期間に解体した魔物肉が山ほどあり、精肉店にも回しきれなかった分はギルドが保管している。その魔物肉を大盤振る舞いし、数日間の宴を開くというのだ。
アルフレッドさんも楽しみなのか、ようやく笑顔が戻ってきた。
「はい! 頑張ってくれた皆さんへの慰労の意味も込めています。準備が調い次第開催する予定なので、近日中にはお知らせできるかと思いますよ。その期間はクエストの受注も停止するので、冒険者も気兼ねなく参加できるように配慮します」
「あ……冒険者の皆さん、全員、ですか?」
「ええ! 特段急ぎの用件がある人以外は皆さんに参加いただくよう調整しますよ」
王都にいる冒険者全員。
そうなると、今王都に留まっている彼も参加するということ。
私はスタンピード以降、まだマリウッツ様と顔を合わせていなかった。




