第2話 巻き込まれて異世界
「う……」
ボーッとする頭を押さえながら身体を起こすと、周囲にたくさんの人の気配を感じた。
顔を上げると、真っ黒なローブを羽織った人々が興奮気味に「成功だ!」「聖女様万歳!」と話している。
え? さっきまで、道幅の狭い小道にいたはずなのに。
等間隔に並べられたランプに照らされたこの場所はどう見ても屋内。
薄暗く、足元には気を失う前に見た円形の紋様が描かれている。
ココハドコ? ワタシハダレ?
私の名前は蓮水紗千、21歳。独身。彼氏なし。
うん、頭がおかしくなったわけではなさそう。
軽く手の甲をつねってみたけど、ちゃんと痛い。現実だわ。
「おい、気が付いたようだぞ」
ぼんやりする頭で現状把握をしようと努めていると、真っ黒なローブ軍団の1人がこちらに気付いた。その声を合図に、ローブ軍団の顔が一斉にこちらを向く。こわっ!
「あ、あの子」
ローブ軍団に取り囲まれているのは、なんと先ほどすれ違った女子高生ではないか。
え、誘拐!? どうしよう、警察を呼ぶべき? あれ、スマホがない! リュックもない!
犯罪に巻き込まれたのかとワタワタしている間にも、ローブ軍団は私を遠巻きに見つつヒソヒソと話し始めている。
「おい、どうする」
「聖女召喚自体には成功したが、まさかもう1人呼び出してしまうとは……」
「偶然魔法陣の上にいたのだろうか」
「そうとしか考えられん」
「想定外だ」
聖女、召喚、魔法陣。
もしかしなくても、これって漫画とかアニメでよくある異世界召喚ってやつ? えっ、あれって実際に起こることなの!?
ローブ軍団の口ぶりからすると、どうやら私はあの女子高生を召喚する儀式に巻き込まれてしまったらしい。嘘でしょ。
呆然としていると、「すみません、ちょっと、通してください」とローブ軍団の後ろから鮮やかな赤髪の男性が歩み出てきた。よれっとした服装に、ズレた丸眼鏡、無造作に伸ばした赤髪を後頭部で縛っていて、どこか哀愁すら漂わせる様相に少し親近感を抱く。
「失礼。突然お呼び立てしてしまい申し訳ございません。諸々ご説明したいところですが、今後のことを決めるためにも、まずあなたの能力を【鑑定】させていただけませんか?」
「鑑定?」
なんのことだか分からないけれど、とにかく【鑑定】とやらをしないと話が進まないようなので頷いておく。
私の同意を得た赤髪の男性は、「ありがとうございます」と微笑んでから私の手を取って目を閉じた。
そして何かを読み取るようにブツブツと呟き始める。
「ふむ……なるほど。やはり特殊な【天恵】を持っているようですね。なになに……【解体】? うーん、初めて聞きますね」
赤髪の男性の言葉を耳にして、周囲が俄にざわめき始める。
「【解体】? なんだそれは」
「よく分からん能力だな」
「使えるのか?」
「いや、戦闘向けではあるまい」
「ハズレか」
おいおい、好き勝手に言ってくれるじゃないの。
私も【解体】ってなんぞ? って思うけども。
動揺の波が広がる中、プフッと可愛らしい笑い声が響いた。
声がした方に顔を向けると、例の女子高生がおかしそうに表情を歪めている。
「か、解体って……土木工事におあつらえむきの能力なんじゃない? 同じ召喚者でも、あたしは【聖女】の【天恵】を授かり、片やあなたは【解体】……プフッ。ごめんなさい。先に色々と話を聞いちゃったんだけど、この人たちは【聖女】であるあたしを召喚したかったみたいなの」
彼女を取り巻くローブ軍団も同意するようにみんな頷いている。どうやら私より先に目覚めた彼女は、既に一通りの説明を受けているようだ。
周囲の反応に気を良くしたらしい女子高生はなおも話し続ける。
「なんか、巻き込んじゃってごめんなさい? でも、世界を救う英雄はあたし一人で十分。魔王討伐に解体業者がいたって役に立たないでしょう? ああ、野宿をするときぐらいは役に立つのかしら? どっちにしろ役立たずは旅にはいらないわ。ねえ、勇者様ってこの国の王子様なんでしょう? 早く会いたいわ! あんなおばさん放っておいて、行きましょう?」
「おっ、おば……!?」
女子高生は言いたいことを言い切ったのか、すぐに私から興味を無くしたように周囲の取り巻きローブ軍団に声をかけて、彼らを引き連れて部屋を出て行ってしまった。
ちょ、ちょっと待たんかい!!!
おばさんって……おばさんって!!!
あんた幾つよ! 受験生なら17か18でしょう!?
私まだ21だよ!? 3つぐらいしか変わらないから!
私がおばさんだって言うならあんたも3年後にはおばさんの仲間入りなんだからね!? あんたが言ってること、ブーメランなんだよ!? 分かってんの!?
と、実際に口に出すことはできない小心者の私である。
っていうか、魔王討伐とか勇者様って言ってなかった?
「あの〜……すみません、本当」
「あ、鑑定のお兄さん」
勇者様とやらに謁見しに行った女子高生がローブ軍団全員を引き連れていったので、1人置き去りにされたぜコンチキショウと思っていたら、赤髪の男性は依然として私のそばに佇んでいた。
何やら考え込んだ様子なので、黙って彼の言葉を待つ。
どうせ行く当てもないし、せめて色々と説明が欲しいです。
「あなたの能力は、もしかすると……いや、とにかく事情を説明させてください」
ええ、是非ともよろしくお願いいたします。
こうして私は知らない世界で見ず知らずの男性の後について、薄暗い地下室から脱出したのだった。