第18話 スタンピード発生②
その日から、魔物解体カウンターは多忙を極めた。
大収穫祭に匹敵する忙しさだけれど、ギルドの雰囲気は全く異なっている。
賑やかなお祭りムード一色だった大収穫祭に対し、現在のギルドは緊張の糸が張り詰めている。
ギルドに続々と運び込まれてくるのは、魔物、怪我人、魔物……
回復や治癒に関する【天恵】を授かった回復職の皆さんがギルドの一角に緊急の医療スペースを展開して怪我人の対処に当たっている。
討伐部隊と運搬部隊で分担して対処しているらしく、魔物解体カウンターには同じ顔ぶれが激しく出入りを重ねている。
「まだまだ来るぞ! 冒険者連中が気張ってるんだ、俺たちも弱音を吐いてる場合じゃねぇぞ!」
「分かってやすぜ!」
「はいっす!」
「はいっ!」
ドルドさんの激励が飛ぶ中、ローランさん、ナイルさん、そして私は魔物解体カウンター内を忙しく動き回っている。
息絶えた魔物を放置していると、その骸を求めて別の魔物が引き寄せられる。
それに、積み重なった魔物の山は、いずれ朽ちて瘴気の発生源ともなりかねない。
だからこそ、討伐された魔物は余すことなく魔物解体カウンターに持ち込まれる。私たちは解体をすることで、そうした魔物を無害な素材へと替える役割をも担っているのである。
今回討伐された魔物は一括してカウンターで引き取り、素材別に解体して適切な店へと卸していく。通常であれば、依頼主である冒険者に還元する仕組みなのだけれど、スタンピード真っ只中にそんな管理はしていられない。
通常クエストは全て受付停止とされていて、無事にスタンピードを乗り越えた暁には、ギルドから冒険者たちに一律に報酬が支払われることになっている。
魔物を討伐する者、討伐された魔物を無害な素材へと解体する者、解体された素材を加工し生活に活かす者。誰が欠けてもこのサイクルは成り立たない。
王都に迫る危機は、皆で一丸となって乗り越える。
これまでもこれからも、そうしてこの国は発展を重ねてきたのだ。
とにかく、私にできることは冒険者の皆さんが命懸けで討伐した魔物を解体しまくること。どうか、重傷者が出ませんように。そう願いながら一心不乱にナイフを振り続ける。
そうして昼夜を問わず、交代で休息をとりながら走り回る日々が3日間続いた。
「森から溢れた魔物たちも大半は片付いたんじゃないか?」
「王都に迫る魔物は一掃した。あとは道を外れて彷徨っている魔物を仕留めるだけだ」
「そろそろ『イレギュラー』対応の部隊が目的地に到着する頃じゃねえか?」
ギルドに出入りする冒険者の言葉通り、徐々にではあるけれど、魔物が持ち込まれる量が落ち着きを見せていた。
『イレギュラー』とされる特別な魔物に触発されて興奮状態で王都に押し寄せていた魔物はあらかた討伐されたみたい。
そんな最中、ギルドに吉報がもたらされた。
「北の森の最奥に、討伐対象の魔物が見つかりました!」
伝達係の冒険者がギルドに駆け込み、指揮を取るアルフレッドさんに報告をあげている。
ギルドはシン、静まり返り、彼らの会話を皆が固唾を飲んで見守っている。
「そうですか! それで、その魔物は?」
アルフレッドさんの声には喜色と、緊張の色が滲んでいる。
アルフレッドさんの目の下にはくっきりとクマができている。きっとこの3日間眠らずに冒険者の指揮を執っているのだろう。
「ダークサーペント、それも特大のサイズです」
「ダークサーペントですか……本来、Cランクの魔物ですね。特大サイズとなると、Bランクに相当すると考えて臨むべきでしょう」
ダークサーペント。
確か『魔物図鑑』で見た名前だわ。
巨大な蛇の形を模した魔物。その牙は鋭く、個体によっては強力な毒を有している。瘴気のガスを噴射する個体も確認されている危険な魔物。
鞭のように尻尾を振り回し、大木をも容易に薙ぎ倒す。
尻尾の先端部を擦り合わせることで不気味な音を発生させ、その振動は地鳴りをも思わせると言われている。
「準備が調い次第、討伐に移ることとなっておりますので、もしかすると既に戦闘は始まっているやもしれません」
報告を受け、アルフレッドさんは神妙に頷いている。
「そうですか。報告ありがとうございます。無事に討伐されたという一報を待つとしましょう。彼ならば大丈夫かと思いますが、強力な魔物ほど、息の根を止めたと思っていても最後の力を振り絞って強大な一撃を繰り出してくるものもいます。皆さんも、スタンピードの終幕が見えてきた時こそ油断大敵。気を引き締めて参りましょう!」
アルフレッドさんの声に、ギルドに居合わせた冒険者たちも深く頷いている。
とにかく、マリウッツ様率いる精鋭部隊が、無事にダークサーペントを仕留めることを祈ろう。
私は気合を入れ直し、魔物解体カウンターに戻った。
落ち着きつつはあるものの、ひっきりなしに魔物は持ち込まれ続けている。
私はFランクからDランクまで、対応しうる魔物の解体に当たっている。
普段は姿を見せないCランクの魔物も多く出現しているようで、ドルドさんを中心に高ランクの魔物は処理されている。
「すまねえ! こいつも頼む!」
「はぁい! お預かりします!」
声をかけられカウンターを振り向けば、見知った冒険者が煤けた顔で立っていた。
持ち込まれたのはサラマンダー。確か、Cランク相当の魔物だわ。
山岳地帯を中心に生息しているはずだけど、スタンピードに触発されて姿を現したのだろうか。
とにかく、Cランクは残念ながら【解体】で対応できるランクではないので、ひとまず荷台に載せて作業台へと運ぶ。ドルドさんの手が空いたら対応をお願いしよう。
専用の機材を使って、「よいしょ」と作業台にサラマンダーの巨体を横たえた私は、ドルドさんに声を掛けるべくサラマンダーに背を向けた。
私は戦闘経験がなく、魔物も息絶えたものしか見たことがない。
それに、サラマンダーは初めて触れる魔物であった。
――だから、私は気付かなかった。
サラマンダーは瀕死状態ではあるものの、まだ息があるということに。
「ドルドさーん! 次はこっちをお願いします!」
「おうっ! ……なっ!?」
手を振ってドルドさんに声をかけると、ドルドさんはこちらを振り返って獲物を確認した。そしてその疲労の滲む顔が瞬時に強張った。
「サチ! 逃げろォォ!!」
「え……」
咄嗟に振り向いた先にいたのは、確かに息絶えていたはずのサラマンダー。
仰向けに横たえていたはずなのに、震えながらも四肢で立ち上がってこちらを睨みつけている。
「キシャァァァァァッ!!!」
サラマンダーは鋭い雄叫びを上げながら、私目掛けて襲いかかってきた。




