第16話 不本意な通り名
「ハァァ〜……つっかれたぁ」
「あはは、お疲れ様」
テーブルに突っ伏して深い息を吐く私をアンが笑いながら慰めてくれる。
1週間続いた大収穫祭が終わり、ようやく休日を勝ち取った私は、アンを誘って街に出ていた。労いを兼ねた昼飲みだ。
目の前にデン! と置かれたエールのジョッキはキンキンに冷えている。表面にぷくりと浮き上がる水滴が重力に負けてツーッと滴り落ちる様子はどれだけ見ていても飽きない。
「今年のラディッシュベリーは上物みたいよ。秋にはワインが出来上がるから、楽しみにしていましょう」
「本当!? 頑張った甲斐があるわぁ」
アンの言う通り、今年は豊作だったらしい。
その分、ベリーを狙う魔物も多かったため、魔物解体カウンターは大忙しだったんだけどね。ただでさえ大収穫祭の影響で忙しいのに、マリウッツ様の依頼までこなしていたんだから、本当、私は私を褒めてあげたいよ。よく頑張った。
しかも、まんまと、と言うか、お陰様で、と言うべきか……大収穫祭とマリウッツ祭りで能力レベルが5に上がった。嬉しいけどなんか複雑。解体対象レベルは上がらなかったから、やっぱり偶数レベルで対象が拡大するっぽい。
「新人の魔物解体カウンターのお嬢ちゃん、すごいらしいな!」
「ん?」
グイッとジョッキを煽ったタイミングで、聞こえてきた会話に耳を傾ける。
「おお、目にも止まらぬスピードで魔物を解体するんだろう? 俺も魔物を持ち込んだ時に担当してもらったけど、すんげえ早えの」
「なんでも鬼気迫る勢いで解体しまくるんだろう?」
「ギルドも冒険者も大助かりだな」
あら? これはもしかしなくても私のことでは?
アンも嬉しそうに微笑みながら目配せしてくれる。
いやあ、照れくさいけど、こうして認識されるのは嬉しいものがある。
この1週間、結構カウンターにも立ったから顔馴染みの冒険者も増えたし、一心不乱に解体しまくっていたからなあ。私もすっかりこっちの世界の仲間入りって感じ?
そうしみじみと考えながら、だらしなく頬を緩ませていると。
「この間、依頼に持っていったらドルドさんが別件対応中でさ、その嬢ちゃんが受付に立ってくれたんだけどよ……血塗れで、でも満面の笑みで対応してくれてさ。正直ちょっとビビったね」
「『血塗れの解体嬢』って通り名はあながち間違っちゃいねえなぁ」
『血塗れの解体嬢』!?
何その可愛くない通り名! 初耳なんですけど!?
ブンッとアンに顔を向けるも、アンはブルブル顔を左右に振っている。アンも知らないとなると、仲間内での異名かしら? お願いだから広めないでいただきたい。
そう念を込めていると、すぐに話題が移り変わっていった。
「それにしても、今年は豊作だったなあ」
「ああ、魔物もかなり多かったしな。ベリーの収穫担当も苦労したようだぜ」
「いつもは姿を見せない高ランクの魔物も頻繁に見かけたな。前線にはマリウッツさんが立ってくれてたから冒険者側に大きな被害もなく終わってよかったぜ」
「あの人、どんなに忙しくてもこの時期には絶対に戻ってくるからなあ。ラディッシュベリーのワインがよっぽど好物なんだろうよ。ソロで活動しているのは相変わらずだが、距離を保ちつつも他の冒険者への気配りを忘れねぇ。すげぇ人だ」
おや。冒険者たちの話を聞くに、どうやらマリウッツ様は随分と冒険者の間で慕われているらしい。
ぶっきらぼうで高圧的だけど、確かに褒める時はしっかり褒めてくれてる(気がする)し、彼が仕留めた魔物は一様に素晴らしく状態がよかった。見事に急所を一突きで仕留められていたところを見ると、実力も折り紙付きなのだろう。この国唯一のSランクというのも頷ける。
1人で感心していると、同じく冒険者たちの話を聞いていたアンが渋い顔をした。
「どうかした?」
「うん……やっぱり今年は『イレギュラー』だったのかしらと思って」
「『イレギュラー』?」
そんなに普段と違っていたのかしら?
今年が初参加の私にはさっぱり分からないので解説を求む。
「単なるラディッシュベリーの豊作ってだけでは片付かないぐらい、魔物が活発だったんだって。あまりに魔物解体カウンターに持ち込まれる魔物の数が多いからってドルドさんがアルフレッドさんに調査を依頼したらしいの。魔物が活発になる理由はいくつか考えられてね、強力な個体の出現とか、天災の前触れとか……取り越し苦労だったらいいんだけど」
アンは心配そうに眉尻を下げる。
この世界には私の世界とは違って魔物が存在する。その脅威に屈することなく、人々は腕を磨いて、魔物と共存し、生活基盤を整えている。
こちらに来て日は浅いけど、私を受け入れてくれた人々がいるこの世界に愛着を抱き始めている。街もギルドも活気付いていて、人々の笑顔が溢れるいいところだと思う。
「何もなかったらいいね」
どうかこの世界の平和が脅かされませんように。
私は心からそう思った。




