第15話 マリウッツの目論み
ドサッ。
カウンターに置かれたのはDランクの魔物である七色鳥。
そしてカウンターの向こうには無表情のマリウッツ様。
「解体女。お前を指名する」
「え」
大収穫祭の期間に入って早くも3日。
てんてこまいの魔物解体カウンターは今日も今日とて大忙し。
そんな中、涼しい顔をして私を指名するとおっしゃるマリウッツ様。私は目の前に山積みのレッドボアを【解体再現】で瞬く間に捌きながら間抜けな声を上げた。
◇◇◇
ブラックスパイダーを解体した日の夜、満身創痍だった私は、ボロボロの身体を引き摺りながらアルフレッドさんを訪ねた。
目的はもちろん能力を【鑑定】してもらうため。
げっそりやつれた私を労りつつも、アルフレッドさんは嫌な顔ひとつせずに快く【鑑定】してくれた。
その結果はこうだ。
【天恵】:【解体】
能力レベル:4
解体対象レベル:Fランク、Eランク、Dランク
解体対象:魔物、動物
解体速度:C−
解体精度:C−
固有スキル:三枚下ろし、骨断ち
まず、やっぱり能力レベルが4に上がっていた。
そして、これまでにはなかった【固有スキル】というものが増えていた。
「【固有スキル】? なんですか、それ」
首をかしげる私の疑問に答えてくれたのは、もちろんアルフレッドさんだった。
「【固有スキル】というのは、【天恵】に付随して獲得するスキルですよ。【天恵】に即したものを授かることが大抵ですが、やはりサチさんも【解体】に活かせるものばかりですね」
ほお……三枚下ろしって、魚型の魔物に使えるのかな?
骨断ちってのは骨ごとバッサリ切れるってことみたいだから便利かも。
魔物の骨はとても硬く、加工するにも特別な道具や処置が必要になるらしい。私も解体時には骨から肉を削ぐようにして処理をしている。骨を切ろうものなら、きっと愛用のナイフが真っ二つに割れてしまうだろう。それだけは勘弁したい。
ふむふむ、と鑑定結果を聞いていると、アルフレッドさんが「おや?」と眉間に皺を寄せた。
「どうかしましたか?」
「いえ……まだ何か読み取れそうなのですが、なぜか靄がかかったように解読できない箇所がありまして。うーん、能力レベルが上がれば見れるようになるのでしょうか」
どうやら新たなスキルか何かを獲得したようだけれど、うまく読み取れないみたい。まあ、条件が揃えば見れるようになるでしょう。と、私は気楽に答えてその場は解散となった。
◇◇◇
「どうした。早くしてくれ」
で、だ。
今直面している問題から目を逸らすべく、少し意識を飛ばしていた私は、凍てつくようなマリウッツ様の声に渋々意識を引き戻した。
「七色鳥ですね。Dランクなので承ります。ですが! 一つだけいいですか!」
「なんだ。早く言え」
なぜか先日の1件以来、私を指名してくるマリウッツ様に大切なことを伝えておかなければならない。私は氷のような眼差しを正面に受け、怯みそうになりながらも深く息を吸う。
「私が解体できるのは、Dランクの魔物までになります。私は【解体】の【天恵】を賜り、その力を使っておりますが、私の今の能力レベルではDランクまでが限界なのです。Cランク以上には現時点では使用できません。私を指名いただく際はDランクまでの魔物でしたら承ります。すみませんが、それ以上のランクの魔物についてはこれまで通りドルドさんに依頼してください。あと、私の名前は『解体女』じゃなくて『サチ』ですから!」
むん、と胸を張って一息に言い切ってやった。頑張ったぞ、私。
私の言葉を受けて、マリウッツ様はしばし考え込んでいる様子だったけれど、「なるほど、承知した」と顔を上げた。
よかった。無事に伝わったみたい。
とホッと一息ついた私の考えが甘かったということは、ほんの数日で明らかになるのだった。
◇◇◇
「おい、解体女。魔物を持ってきたぞ」
「早くしろ」
「Dランク5体、今すぐ処理しろ」
「解体女」
「急げ、遅いぞ」
だ〜〜〜〜〜〜〜!!!
毎日毎日、マリウッツ様は暇さえあれば魔物を仕留めて魔物解体カウンターに持ってくる。
一番忙しい夕暮れ時は意図して避けてくれているらしいけれど、それに対する感謝を覚える間もないほど頻繁に魔物を持ち込んでくる。もちろん私指名で。
決まって「今すぐ解体しろ」とのご要望付きなもので、私は毎度白目を剥きながらカウンター最寄の作業台を使わせてもらっている。
解体中も刺さるような視線を感じ、恐る恐る振り返ると、いつも腕を組みながらマリウッツ様が監視している。
そんなに見なくてもちゃんとやりますからぁぁ!!
小心者の私は、心の中で叫ぶに留めて今日もスキルを発動するのであった。
◇◇◇
「……どうぞ、お待たせしました」
持ち込まれた魔物を解体し、頼まれていた素材だけをマリウッツ様にお渡しする。
残りの素材や肉はギルド経由で然るべき場所へと卸されていく。
「いや、全く待っていない。いつものことながら見事だ」
「へ?」
「また来る」
え、褒められた? と呆然としている間にも、マリウッツ様は微笑を携えたまま踵を返して去っていった。……え、笑ってた!?
ポカンとして立ち尽くす私の肩を誰かがポン、と叩いた。
「ドルドさん」
「おう。すっかり奴のお気に入りだな」
「えええ〜……」
人の気も知らずに楽しそうなドルドさんに苦言を呈しつつ、私は息をひとつ吐く。
まあ、私を指名してくるのはマリウッツさんだけだし、指名されること自体は嫌な気はしないんだけど。何せ持ち込む頻度が高い上に、冷徹な態度がドッと私を疲れさせるのよ。それにめちゃめちゃ肩が凝る。
「あいつ、多分だがお前さんの能力レベルを上げようとしているんだろうな」
「えっ!?」
ドルドさんのとんでも発言に、私は目を剥いて振り返る。彼の後ろでは、ローランさんとナイルさんが納得したという顔持ちで頷いている。
「あーなるほどっす。マリウッツさん、いつもはCランク以上を相手にしているのに、最近めっきりっすもんね。サチさんに合わせてDランクばかり狩っているんっすよ!」
「サチさんがCランクの解体もできるようになったら俺たちも助かりますぜ」
ちょっと! これ以上私を働かせるつもりなのかこの先輩2人は!
ガルル、と威嚇する私を宥めつつ、ドルドさんが笑う。
「ガハハ! ローランにナイル。お前たちなぁ、このままだとサチに追い抜かれちまうぞ? 先輩らしくしっかり励めよ」
「げっ!」
「うう、分かりやしたよう」
そこでまたカウンターから冒険者の声がかかり、私たちはそれぞれの作業を再開した。




