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第137話 安らぎ ◆後半マリウッツ視点

「でも、どうしてあの男の人は急に去っていったんでしょうか」


 マリウッツさんが竜を斬ったと言った時の男性の反応は普通じゃなかった。


「ドラグア王国は、竜――つまりドラゴンを信仰している。国のどこかに国を守護する竜がいるという古くからの言い伝えがある。王国民にとって、竜は崇拝すべき対象だ。だが、俺は三年前、王都に飛来したドラゴンを討伐した。あの国の法に則れば、俺は大罪人というわけだ。そんな男を国に連れ戻すことはしないだろうと思い、あえて告げた」


 マリウッツさんは、自分に言い聞かせるようにそう言った。


 でも、本当にそんなに簡単に引き下がるのだろうか?

 本当にあの男性の様子は尋常じゃなかった。十数年前に国を出たマリウッツさんを探すほど切羽詰まるような出来事が、マリウッツさんの母国で起こっているんじゃないの?


 多分、マリウッツさんも同じことを考えている。

 表情はだいぶ和らいできたけれど、眉間には依然として深い皺が刻まれている。


 また、あの人がマリウッツさんの前に現れて、国に戻れと嘆願してきたら――


 思考が後ろ向きになってきたので、慌てて頭を振って嫌な考えを追い払う。


「もうこの話は終わりにしよう。何かサチの話を聞きたい」


「私の?」


 マリウッツさんは空いたグラスになみなみとワインを注ぎ、一気に煽った。マリウッツさんにしては随分とペースが早い。


 そのあとは、ぽつりぽつりと差し障りのない話をした。





「それで――あれ、マリウッツさん?」


 私の幼い頃の武勇伝を語って聞かせていたところ、すうすうと規則正しい寝息が聞こえてきた。


 ん? と隣を見ると、ソファに腰掛けた体勢で、マリウッツさんが眠っていた。

 こんなに無防備に寝てしまうなんて、やっぱり飲みすぎたんじゃないかな。でも、お酒の力に頼りたくなるのも仕方ないか。それぐらい、マリウッツさんの故郷のことは、彼の心を揺さぶるものだったんだ。


 さて、ベッドでしっかり休んで欲しいところだけど、寝室は二階だ。流石にマリウッツさんを担いで階段を登るのは危ないよね。でも、春先とはいえ夜はまだ冷えるし……


 うーん、と少し悩んだ私は、よし、と立ち上がった。


「ちょっと、寝室失礼しますね」


 私は寝ているマリウッツさんに断りを入れてから、なるべく足音を立てないように二階に上がった。寝室と思しき部屋の扉をそっと開き、毛布を回収する。毛布を抱えて階段を下り、照明を落としてからマリウッツさんにそっと毛布を被せた。


「ひょっ」


 毛布をかけた時、マリウッツさんの手が伸びてきてギュッと手首を握られてしまった。


 びっくりして変な声が出ちゃったけど、マリウッツさんはぐっすり寝ている。


「えっと、寝ぼけてます?」


 反応がない。起こさなくてよかった、とホッと息を吐いたものの、これは困りましたね。


 ガッチリと握られていて、解こうにもそう簡単に解けそうにない。離してくれる様子もないしどうしたものか……


 うーん、待っていたらそのうち離してくれるかな。


 とりあえずマリウッツさんの隣にちょこんと腰掛ける。じっとしていると冷えてくるので、毛布の端っこを摘んでちょいとお邪魔する。ソファは大きいし、毛布もゆったりサイズなので密着することがなくて助かった。


 それにしても、怒涛の一日だったなあ……


 ふう、と息を吐いてソファに身体を沈めると、急にずっしりと身体が重くなってきた。程よくお酒も入っているし、毛布に包まれて身体もあったまってきた。それに何より、隣からは心地いいリズムの寝息が聞こえてくる。


 気づけばうとうととまどろみ始め、ソファにずっぷりと沈み込んで寝入ってしまった。



 ◇



「………………どういう状況だ?」


 ゆっくりと意識を浮上させた俺は今、とても困惑している。


 鈍く痛む頭で、記憶を呼び戻す。

 昨日、祖国の男に遭遇して動揺した俺は、サチを家に招いた。酒を飲み、少し会話をしたところでようやく気持ちが落ち着いたことまでははっきりと覚えている。


 サチの存在の大きさを改めて感じ、彼女の幼い頃のやんちゃな話に耳を傾けていたところで記憶が途切れている。


 そうか、うっかり寝てしまったのか。俺としたことが不覚だった。

 それほどサチに気を許しているということで、彼女の隣が安らげる居場所であるということなのだろうが、流石に家に招いておいて先に寝落ちはあり得ない。


 毛布に包まれているところを見ると、サチがわざわざ運んできてくれたのだろう。その優しさがじんわり胸に染みる。


 で、だ。


 身体を動かせる状況ではないため、視線だけをゆっくりと動かして自らが置かれた状況を確認する。


「むにゃむにゃ……」


 やはり、サチが頭を俺の肩にもたれかけて眠っている。


 どうやら、サチも寝落ちしてしまったようなのだが、あまりにも距離が近すぎて思考が停止しそうになる。いや、まあ、一応は恋人同士になったのだから、問題はない、のだろうが……


 悶々と考えを巡らせていると、「ううん」とサチが呻き声をあげた。そしてモゾモゾと身じろぎをして、肩から重みがなくなった。


「んんん……ふああ、マリウッツさん? おはようございまー……うわあっ!?」


 半分しか空いていない目で俺を見据え、ふにゃりと微笑んだあと、サチの目はみるみるうちに見開かれていった。


 小さく飛び上がったサチの顔がじわじわ赤くなっていく。つられて俺も照れくさくなってきた。


「あー、すまない。寝てしまったようだな。毛布はサチがかけてくれたのか? ありがとう」


「えっ!? あ、すみません! 勝手に寝室からお借りしました」


「いや、気にしなくていい」


 気恥ずかしさと気まずさが混ぜこぜになった空気が流れる。


 照れ隠しなのか、毛布を手繰り寄せて鼻まで潜り込んだサチが可愛くて、ギュッと心臓が締め付けられた。うっかり抱きしめたくなるからやめてほしい。


 視線を逸らして時計を見ると、すでに八時を回っていた。いつもより随分と寝坊をしてしまったらしい。きっと、隣にサチがいたから、無意識のうちに安心していたのだろう。


 幸い、サチは今日休みだと言っていたので、慌ててギルドに送り届ける必要はない。

 過ぎたことを悔やんでも仕方がないので、こういう時はとにかく腹ごしらえをするに限る。


「朝食を食べに行くか」


「そ、そうですね」


 俺たちは互いに軽く身支度を整え、モーニングが人気なカフェで朝食を済ませた。


「昨日は助かった。一人だったら、きっと一晩思い悩んで眠れなかっただろう」


「いえ、私でよければいつでも呼んでください! 話し相手になります!」


 サチはいつもの明るい笑顔を咲かせているが、俺の家に来るということにもう少し警戒心を抱いた方がいいと思う。いや、断じて下心はないのだが。


「ギルドまで送る」


「えっ! えーっと、もうギルドの営業始まっていますし……その、すぐそこなのでここで大丈夫です!」


 サチは目を泳がせながらものすごい速さで両手を胸の前で振っている。遠慮しなくてもいいのだが、サチがここでいいと言うのなら、名残惜しいが見送ることにしよう。


「またカウンターに顔を出す」


「はいっ! お待ちしていますね!」


 サチは大きく手を振りながら、ギルドへと向かっていった。


 小さくなる背中を見送ってから、俺は自分の家へと戻った。

 毛布や昨日のグラスなどを片付けていると、本当にここにサチがいたのだと感じられて、なんとも奇妙な気持ちになる。まさか、誰かを家に招く日が来るとは。


 俺は、サチの隣で初めて、安らぎというものを知った。


 それこそ、生まれた国では一度も感じたことのないものだった。


 昨日俺に縋ってきたのは、幼少期の教育係の一人だった。


 あえて竜を斬ったと告げたが、あれで終わるとは思えない。なぜ、今。俺を探しにきたというのか。


 あの男はきっとまた現れる。俺の勘がそう告げている


「……しばらくは警戒しておいた方がいいだろうな」


 俺は誰に言うでもなくそう呟いた。

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 >警戒しておくか その方が良いでしょうねぇ…。マリウッツさんの話を聞く限り、国に召喚する理由が見当たらない→召喚せざるを得ない『何か』が起こったのは確定ですし。 そういった場合相…
読んでいるこちらもぎこちなくなる二人の様子⊙﹏⊙でもその後ニンマリしました( ̄ー ̄)ニヤリ
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