第135話 聞き間違いじゃなかった
前回までのあらすじ
マリウッツさんが王子でした。
「え? 今、なんて……」
マリウッツさんが王子って、どういうこと!?
いや、きっと、聞き間違いだわ。一国の王子が危険な冒険者として前線で戦うなんて考えられないもん。うん、きっとそう。
うんうん、と自己解決して頷いている私をよそに、男性は無情にも先ほどの言葉を繰り返す。
「王子殿下。どうか、お戻りください」
やっぱり王子って言ってるうう! 聞き間違いじゃなかった!
まるで神を崇めるように両手を胸の前で握りしめた初老の男性は、縋るように、一歩、また一歩と距離を詰めてくる。瞳孔が開いていて狂気じみたものを感じる。
尋常じゃない様子に圧倒され、思わず後退りしてしまう。周りの声なんて届いていない。マリウッツさんしか目に入っていない。
戸惑う私をよそに、マリウッツさんは殺気にも近いほど警戒心をあらわにしている。私の肩を抱く手にギュッと力が入った。
「人違いだ」
「ああ、王子……私が王子を見間違えるはずはない。あなたは間違いなくマリウッツ王子殿下でございます。ああ、神は我らを見捨てなかった」
聞く耳を持たない男性は、取り憑かれたように「王子、王子」と繰り返しながらマリウッツさんに手を差し伸ばした。けれど、マリウッツさんはその手から逃れるように一歩後ろに下がり、低い声で呟いた。
「俺は――竜を斬った」
その言葉を聞いた男性は、ピタリと手を止めて愕然とした表情でマリウッツさんを見上げた。
マリウッツさんが言っているのって、三年前に王都に飛来したドラゴンを単身討伐したってアレだよね。異例のSランク冒険者になったきっかけの。
それが一体どうしたのかと男性の様子を窺うと、男性は目を見開いたまま凍りついていた。
えっ、確かにマリウッツさんの功績はすごいんだけど、なんだか気になる反応だわ。
憧憬や誇らしいといった眼差しではなく、どちらかというと信じられないものを見るような……化け物でも見るような、そんな表情をしている。
「まさか、そんな……神への冒涜じゃ……」
街灯の僅かな光でも分かるほど顔面蒼白になった男性は、何やら訳がわからないことを呟きながらよろよろと後退し、そのまま溶けるように夜の街へと消えていった。
「なんだったの……」
取り残された私たちは、唖然としたまま立ち尽くしている。何が何だか分からない。
込み入った話だったみたいだけど、マリウッツさん、大丈夫かな……?
そっと見上げたタイミングで、マリウッツさんは深く息を吐き出した。そしてその身体がふらりと傾いた。
「えっ!? わわっ、大丈夫ですか!?」
慌てて支えると、マリウッツさんは弱々しい声で「すまない」と言った。
なんだか、このまま消えてしまいそうなほどの儚さに、不安な気持ちが胸に広がる。
いつ何時も気丈で凛としているマリウッツさんがこんな風になるなんて……
「……サチ、帰り際にすまなかった」
「い、いえ。そんな、私は平気ですけど……」
明らかにマリウッツさんが平気じゃない。
このままマリウッツさんと別れて帰ってしまってもいいのだろうか。
それに、さっきの話も詳しく聞きたい。王子って、どういうことなの?
マリウッツさんが話したくないのなら、無理に聞きはしないけれど、やはり気になってソワソワしてしまう。
憔悴した様子のマリウッツさんを一人にしたくないと思い悩みながら身体を支えていると、マリウッツさんの胸元に添えていた手をギュッと握られて飛び上がってしまった。
「わっ!」
びっくりした。氷かと思うほどに手が冷え切っている。慌てて両手で温めるようにマリウッツさんの手を包み込む。
すると、マリウッツさんは安堵するように、ほう、と息を吐いた。温めた手から、ようやく血が巡り始めたのかもしれない。それほど顔色が悪かった。
マリウッツさんは躊躇うように何度も瞳を伏せながら、口を開いた。
「サチ、無理を承知で頼みたい。今夜だけでいい……そばにいてほしい」
「っ、も、もちろんです」
所在なさげに揺れる瞳を見ていると、なぜか行き場を失った子供を前にしているように錯覚してギュッと胸が締め付けられた。
私も一人にしたくないと思っていたし、マリウッツさんが迷惑でなければ朝まで一緒にいたいと思う。幸い明日はお休みだもの。
「えーっと、どこに行きましょうか」
そうは言ったものの、どこに行くのがいいだろう?
カフェ……はもう閉店している時間だし、酒場は賑やかすぎるよね。今はきっと飲んで騒ぐような気分じゃないだろうし、落ち着いて心を休めることができる場所は――
うーん、うーん、と逡巡している私に気づいたマリウッツさんが、少し気まずげに視線を逸らした。
「…………俺の家に来ないか?」
「え、いいんですか? ……って、ええっ!?」
家!? マリウッツさんの!?
思いもよらない候補地に、私はつい大きな声を出してしまった。
いや、でも、いきなり家にお邪魔するのは……どうなの!?
確かに自分の家が一番落ち着くと思うけど、私が行ってもいいの!?
分からない! 助けて、アン!
「もちろん、その、下心はないから安心してほしい……と言っても、自分に好意を抱いている男の戯言など信頼できないかもしれないが」
ひええっとプチパニックになっていると、マリウッツさんが見かねてフォローを入れてくれる。
サラッと好意を示されて更にひええっと目が回りそうになる。
いや、お付き合いすることになったから、当たり前のことではあるんだろうけど、慣れない! 私の恋愛経験のなさを舐めないでほしい!
「い、いえ! 大丈夫です、信じていますから」
「そ、そうか」
「はい! えーっと、じゃ、じゃあ行きましょうか!」
とりあえず外で棒立ちになっているのもどうかと思うので、ありがたくマリウッツさんの提案に従うことにして、私たちはぎこちなく歩き始めたのだった。
ご無沙汰しております!
第5部始動します……!
第5部はなかなかに込み入っておりまして、全部書き切るのにかなり時間がかかりそうです。それまでお待たせするのもな……ということで、不定期連載とさせていただきます。
まずは冒頭7、8話ほど、月水金で更新しますので、引き続きお付き合いいただけると嬉しいです!
リアクション機能が付いたみたいなのでポチポチしていただけると私が楽しいです☆〜(ゝ。∂)!!
改めてよろしくお願いします!
次回、どきどきお宅訪問!




