第129話 オーウェンの決断
マリウッツさんの言葉に、その場が水を打ったように静まり返った。
「無茶です」
ゆっくりと首を振りながら、アルフレッドさんが反対する。
「いくらマリウッツ殿でも、数が多すぎます。流石にこちらもある程度の人数を用意しなければなりません」
「思い切り戦うためにも、俺一人の方が都合がいい。相手はグリフォンだ。味方を庇いながら戦う余裕はないぞ」
「ですが、あまりにも危険過ぎます。流石のあなたでも、命の危険が伴う場所に一人送り出すわけにはいきません」
「肝心の冒険者が不在にしているのだろう。状況次第では出る」
「許可できません」
お互いに一向に譲る気配がなく、静かに火花を散らすマリウッツさんとアルフレッドさん。
私はハラハラしながら二人の動向を見守ることしかできない。
「ったく、落ち着けお前ら」
「あいたっ! ド、ドルドさん……」
どうしようと狼狽えていると、肩にピィちゃんを乗せたドルドさんが呆れ顔で現れて二人の頭に軽く拳骨を落とした。緊急事態とあり、状況を確認に来たのだろう。
ピィちゃんはバサッと翼を羽ばたかせて私の肩に飛び移った。
「とりあえず魔物の解体依頼は受付停止にした。何かあればすぐに対応できるようにナイルとローランはカウンターで待機させている」
「ああ、助かる」
「軍は?」
「王都の守備を固めるよう手配されている。万一、城壁が崩された時に民を護るのが奴らの仕事だ」
ドルドさんの端的な問いにオーウェンさんが答えた。
その時、バァン! と勢いよくギルドの扉が開け放たれ、転がり込むようにギルドの伝令役の男性が飛び込んできた。みんなの視線が一斉にその男性の方を向く。
「グリフォンの群れが、王都近郊の草原に降り立ち始めました!」
最悪の報告に、みんなが息を呑んだ。
ツ、と背中に冷たい汗が流れていく。
「チッ、やっぱり降りてきたか。状況は?」
伝令役の男性は呼吸を整えながら、懸命に言葉を発する。
「はっ、草原に生息していた魔物たちは身の危険を感じたのか、グリフォンが降りる前に姿を隠した模様。現在グリフォンは草原の草を食べ始めている様子です」
「およその数は」
「そ、それは……まだ正確には分かりません。残った者が監視を続けています」
「……そうか」
報告を受け、オーウェンさんは丸太のような腕を組み直し、低い唸り声を上げる。
しばしの逡巡の後、ゆっくりと開かれたオーウェンさんの目は獲物を狩る肉食獣のような獰猛さを秘めていた。
「伝令役を往復させるよりも、一度自分の目で状況を確認した方が早そうだ。マリウッツとドルドも来てくれるか。念のために武器を持っておけ」
マリウッツさんとドルドさんは神妙に頷いてから立ち上がった。マリウッツさんはすでに背中に剣を装備しているし、ドルドさんも腰に解体用の愛刀を刺している。
オーウェンさんは急いで鍛冶カウンターから大剣を借りて戻ってきた。
三人がギルドの扉に向かおうとした背中に、私は気付けば声をかけていた。
「あ、あのっ! ピィちゃんは結界を張れます。私も連れて行ってください」
「ピピィッ!」
正直なところ、空を飛び交うグリフォンの数に怖気付いている自分がいる。
でも、私を受け入れてくれたこの街のために何かできることがあるのなら、私の力が何かの役に立つのなら、一緒に行きたい。ただ祈るように待っているだけなんてできない。
オーウェンさんの見定めるような瞳が私の目を見据える。
私は強い覚悟を示すため、目を逸らさずにグッと堪えて見つめ返した。
「……いいだろう。だが、城門の外に出ることは許可できない。必ずドルドの側にいることだ」
「はっ、はい!」
同行を許可してもらえたことにホッとしつつ、私は気を引き締める。
絶対に無茶はしない。迷惑をかけるようなことはしない。
そう自分に言い聞かせるように頭の中で念じた。
「ピィちゃん、もしもの時はみんなを守ってね」
「ピィッ!」
ピィちゃんもキリッと表情を引き締めて力強く頷いている。
「では、僕も……」
アルフレッドさんも大斧を取りに鍛冶カウンターに向かおうとしたけれど、行手を阻むようにオーウェンさんが腕を伸ばした。
「ど、どうして! 僕だけここに残れと言うのですか!?」
アルフレッドさんが納得できないといった様子でオーウェンさんに抗議する。そんなアルフレッドさんの胸に、オーウェンさんは拳を突き出した。
「アル坊。今こそ、貸しを返してもらう時なんじゃねえか?」
そして拳でトン、とアルフレッドさんの胸を叩いた。
怪訝な顔をするアルフレッドさんだったけど、何かに思い至ったのかハッとした表情をした。
「……僕は僕にできることを」
アルフレッドさんは自分に言い聞かせるようにそう言うと、「くれぐれも、お気をつけて」と言い残してから踵を返して執務室に続く階段を駆け上がっていった。
「よし、行くぞ」
オーウェンさんの言葉を合図に、私たちはギルドを飛び出してグリフォンが降り立ったという草原に面した城門へと向かった。
すでに街の人は室内に避難が完了したようで、警備隊以外の人は見受けられない。
シン、と静まり返った街は異様な光景で、より一層緊張感が増していく。
店は全て臨時閉店とされていて、露店もすでに閉じられている。
空を仰ぐと、グルグルと旋回しながら一頭ずつグリフォンが城壁の外に降り立つ様子が確認できた。
私はごくりと生唾を飲み込み、前を走るみんなの後を追った。




