第116話 言の葉の魔女
「夢喰い……?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる私に対し、ハッと息を飲むアルフレッドさん。
私の様子を見て夢喰いについて解説をしてくれる。
「夢喰いとは、その名の通り対象の夢を喰らう魔物です。アンデッド系で実体がないため、なかなか討伐の難しい魔物とされています。戦闘能力はほぼないので、相性のいい【天恵】で叩けば倒すのはさほど難しくはありません。ただ、問題は……」
そして、ヴァイオレットさんがアルフレッドさんの言葉を引き継ぎ口を開いた。
「本体を叩かないと対象から夢を喰らい続けるんだよ。長引けば、生気まで吸われかねない。奴らの好物は悪夢だ。特に、過去の後悔や実体験に基づく辛く苦しい夢ほど奴らを引き寄せる。恐らくこの坊やの見た夢が、夢喰いを呼んだのだろうさ」
「悪夢……」
そんな恐ろしい魔物を引き寄せるほど、心の奥深くに深い傷が刻まれているのだろうか。
眠り続けるマリウッツさんを見つめ、私は痛む胸をギュッと押さえた。
「目には見えないが、坊やは夢喰いと繋がっているはずだ。その繋がりを断てば目が覚めるだろう」
繋がりを断つ。
それなら、私の【遺恨解放】で、もしかしたら――!
「なら、私が……」
一縷の望みをかけて提案をしようとしたところで、静かにアルフレッドさんが片手をあげて首を振った。えっ、可能性があるのなら、試すべきだと思うのに、どうして止めるの?
「そうさね。嬢ちゃんの固有スキルだったら、この坊やを眠りから覚ますことができるだろうねえ。だが、夢喰いを引き寄せた原因は知っておいた方がいい。根深い後悔や自責の念は、きっとまた夢喰いを呼ぶだろうからね。繋がりを絶ったところで、一時凌ぎにしかなるまいさ」
あれ、どうして私の固有スキルのことを知っているのだろう。
またしても疑問が顔出ていたようで、ヴァイオレットさんは「ああ、アタシの【天恵】は【記録】だと言ったろう?」と不敵な笑みを浮かべた。
「アタシは人よりも知的好奇心が強くてね……この【天恵】はまさにアタシに相応しい力さ。物心ついた頃からあらゆる事象を記録し続けたアタシの能力レベルは、すでに上限の10さね。今じゃ、対象の記録を読むことさえできるようになったのさ」
ヴァイオレットさんはそう言うと、マリウッツさんの額に手を翳した。
「この坊やの記録を読むよ。坊やの視点のものではなく、その場の記録そのものさ。もしかすると、この子が心に抱え続けていたことを解消する手がかりがあるかもしれない」
なんだかすごいことが起ころうとしている。
アルフレッドさんも流石にここまでの力だとは知らなかったようで、驚きすぎて丸眼鏡が随分とずり落ちている。
固唾を飲んで見守っていると、ヴァイオレットさんが一つ息を吐いてこちらに視線だけを向けた。
「このスキルはなかなか制御が難しくてね……もしかすると、お前さんたちにも見えてしまうかもしれない。覚悟はしておきな」
「えっ」
それって、マリウッツさんの記憶が流れてくるかもしれないってこと……!?
私たちは目を見開いたまま顔を見合わせた。
勝手に過去を知るのはどうかと思うけど、私はマリウッツさんのことが知りたい。
今、マリウッツさんを苦しめているものが何かを知りたい。
それに、三人で記録を見れば、何か解決策が見つかるかもしれない。
私とアルフレッドさんが神妙に頷くと、ヴァイオレットさんはフッと笑みを漏らして目を閉じた。
「いくよ。【記録探査】」
ヴァイオレットさんが呟くと同時に、目の前の景色が恐ろしいほどの速さで流れていった。
私やピィちゃん、アルフレッドさんと話す光景から、隣国でマンティコアと戦うシーンや甲冑亀を観察しているシーンが目まぐるしく切り替わっては流れていく。
これはきっと、マリウッツさんの記憶だ。
見知った人たち以外は強大な魔物と対峙しているシーンが目立つ。
マリウッツさんはいつも強くて気高い。私が知る限り、負け知らずの最強の剣士。
そんなマリウッツさんを苦しめる元凶を断ちたい。
私は記憶の波に飲まれそうになるのを必死で堪えた。
やがて、景色の流れは落ち着いていった。
「あれは……?」
映像の中で漂っているような不思議な感覚。
景色の一部として、その場にいるような奇妙な感覚。
今私たちの目の前にいるのは、今よりも少し幼く見えるマリウッツさんと――共に旅をする冒険者パーティだった。




