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第11話 2回目の【鑑定】

「サチさん」


「あ、アルフレッドさん! お久しぶりです!」


 異世界にやって来て、早くも2週間。

 いつものように魔物解体カウンター内を慌ただしく駆け回っていると、アルフレッドさんがひょっこり顔を出した。


 アルフレッドさんに会うのは、彼が泡を吹いて倒れた日以来。

 救護室で意識を取り戻したアルフレッドさんのお見舞いに行って、ものすごく謝られたけれど、血まみれで近付いた私が明らかに悪い。

 ドルドさんにも無理して魔物解体カウンターに来なくてもいいと釘を刺されたアルフレッドさんは、ドルドさんの言いつけ通りしばらく姿を現さなかった(かなり遠くから心配そうにこちらを見ていたことには気付かないフリをしている)。


 私は自分のエプロンに視線を落とす。

 よし! 今日は汚れてない!

 手もこまめに洗っているし綺麗! 大丈夫!


 念入りに身だしなみを確認してから、私はドルドさんに一言断りを入れてカウンターの外に出た。


「すみません、お仕事中に」


「いえ、まだ午前中なので全然大丈夫ですよ!」


 申し訳なさそうに眉を下げるアルフレッドさんに笑顔を返し、促されるままに近くの椅子に腰掛ける。


「恥ずかしいですよね、気を失うほど血が苦手だなんて」


 ハハハ、と無理に笑うアルフレッドさん。


「いえ、そんなことありません。苦手なものがあるのは当たり前ですし、恥じることではないと思います」


 それに、きっと血が苦手になるきっかけがあったはずだもの。


「ですが……僕は一応、サブマスターで冒険者を取りまとめる立場にあるのに……」


「それでもです。まだ勤続期間2週間の新米ですけど、アルフレッドさんがみんなに愛されるサブマスターということぐらい分かりますよ?」


 そう、アルフレッドさんはギルド職員だけでなく、冒険者の皆さんからも信頼を寄せられている立派なサブマスター。大陸中を飛び回って不在がちなマスターに代わって、巨大な組織を一元管理しているのだから、その手腕は凄まじい。

 それに、ドルドさんには魔物オタクと言われていたけれど、彼がまとめた魔物図鑑は冒険者にとても重宝されている。分かりやすい描画から解説まで、事細かに書かれている図鑑は、冒険者の教本扱いされている。もちろん私もお世話になっている。


「そ、そうでしょうか……そう言っていただけると、救われます」


 アルフレッドさんはどこか遠くを見つめるように、視線を窓の外に移した。

 そして、気を取り直したように私に向き合うと、カチャリと丸眼鏡を掛け直して本題を切り出した。


「さて、サチさんが働き始めて2週間が経ちましたね。日々の解体数も凄まじいものになっていることでしょう。それで、どうでしょう? 改めて僕の【鑑定】を受けてみませんか?」


 なんと! 願ってもない申し出!


「いいんですか! ぜひお願いします!」


 実はこの2週間で、私の能力レベルは3にアップしていた。

 残念ながら解体対象レベルは上がらなかったものの、解体速度や精度が向上した気がしている。


「では、手を」


 巻き込まれて召喚されたあの日のように、アルフレッドさんが私の手を握る。

 私はワクワクしながらアルフレッドさんの顔を凝視する。その視線に気付いたアルフレッドさんが気恥ずかしそうにスッと視線を逸らしてしまった。見つめすぎてしまったかしら。


「で、では……【鑑定】」


 アルフレッドさんがこほんと咳払いをしてから静かに目を閉じる。


「――うん、やっぱり能力レベルが上がっているから、前より少し読み取れる情報量が増えていますね」


 鑑定結果はこうだった。



天恵(ギフト)】:【解体】

能力レベル:3

解体対象レベル:Fランク、Eランク

解体対象:魔物、動物

解体速度:D+

解体精度:D+



「へえ……あれだけ早くて綺麗に解体しているのに、まだD+とは……末恐ろしいですね」


 私も驚いた。

 ドルドさんはもちろん、魔物解体作業に慣れたローランさんやナイルさんでさえ、私の【解体】の速度には敵わない。それなのに、まだまだ伸び代があるなんて。もっともっと頑張れば、彼らの負担も軽減できるということじゃない。


 努力や経験が、目に見えて誰かの役に立つ。

 これほどやりがいを感じる仕事に従事できるなんて、私は幸せ者だわ。


 気持ちがうずうずして仕方がない。

 こんなにやる気に満ちているのは生まれて初めてかもしれない。


「この調子で経験値を積んで、能力レベルが上がれば、DランクやCランクの魔物も対応できますね。まあ、この辺りではCランク以上の魔物は稀ですが……やはり希少な魔物ほど解体の難易度も上がりますし、生態が知られていないものもまだまだいます。そんな魔物もサチさんが解体できれば……僕の魔物研究も一歩先に進むことができそうです」


「確かに、この2週間で持ち込まれたのは高くてもCランクまででしたね。それも3回ぐらいだったはず……低ランクの魔物は数が多くても私で対応できるので、ドルドさんやローランさんたちが高ランクの魔物に集中できていい感じなんですけどねえ」


 冒険者のランクと、目安となる討伐対象の魔物のランクはたいていイコールになっている。駆け出しの冒険者は、ギルドが所在する王都サラディンを拠点に活動し、高ランクの冒険者ほど上級クエストをこなすために長期で遠方に出ることが多い。だから低ランクの魔物の持ち込み数は多くても、高ランクの魔物はかなり珍しかったりする。


「まあ、()が戻ってきたらそうもいきませんが……」

「おーい! サチ! そろそろ戻れるか? ボールピッグの群れに遭遇したって冒険者たちが大量に持ち込んできたんだ!」


「あ、はーい! そろそろ戻らないと。すみません、今何か言いかけていましたか?」


 呟くようなアルフレッドさんの言葉は、ドルドさんが私を呼ぶ声にかき消されて聞こえなかった。ドルドさん、声大きいから。


「いえ、なんでもありません。カウンターまで送りましょう。すぐそこですが」


 そう言ってゆっくり首を振りながら立ち上がったアルフレッドさんは、魔物解体カウンターまでついて来てくれた。


「おう、かなりいい感じになってただろう? サチはこの2週間休まずに働いてくれているからな! かなりの数を解体してるぞ。おう、サチ、あれ頼むぜ」


 迎えてくれたドルドさんがクイッと親指でボールピッグの山を指差しながら、孫娘の自慢をするように得意げに胸を反らせた。


「ええ、【鑑定】でも確認できる情報が増えて……って、今なんて言いました?」


 にこやかに話していたアルフレッドさんの顔から笑顔が消えた。


「んおう? いい感じになってただろう?」


「いや、その後です!」


「ん? サチはこの2週間、休まずに……あああっ!?」


 思い返すように反芻した言葉に、ドルドさんもハッとした様子で顔を青くしている。


 何かトラブルでもあったのかしら?


 私がキョトンと首を傾げていると、ぐわん! と2人してものすごい勢いでこちらを向いて肩を掴んできた。ひえっ! 圧がすごい! 顔こわっ! 怒られることはしてないと思うけど、なんかごめんなさい!


「サチさん、休みなしで働いているんですか!?」


「え? ああー……確かにこっちに来てから休日らしい休日はなかったような……」


 顎に指を当てて視線を宙に投げて考えるも、この2週間毎日同じ生活をしていた記憶しかない。言われてみればローランさんやナイルさんは交代で休みを取っていたような気がする。


 社畜だった頃も土曜日まで出勤してたし、日曜日だって出勤こそしなかったけど(コンペとかプレゼンが間近の時は泊まり込んでた)、家で1日中資料を作ってたしなあ。毎日働くことが当たり前の身体になってるんだよね。

 今の職場は必ず20時には仕事を切り上げてくれるし、3食美味しくてバランスの取れたご飯が食べられるし、徹夜作業もなくてよく眠れるから全然疲れも溜まってないし充実した日々を送っているんだけど……


 そう説明するものの、アルフレッドさんは「それは普通の感覚ではありません!」と呆れたような、悲しそうな表情で肩を落とす始末。

 ドルドさんも「雇用主でありながら、従業員の休日も管理できていなかったとは……無自覚にサチの腕に頼りすぎていたようだ」と意気消沈している。


「まあまあ、気にしないでください。私は毎日楽しく働いていますし……」


「ダメです!」

「ダメだ!」


 元気を出してもらおうとしたけど、火に油だった。

 目を血走らせた2人に凄まれてしまい、あまりの顔の怖さにちょっぴり飛び上がってしまった。特にドルドさんが凄むと本当に怖い。


「とにかく、今日はもう仕事をしてはいけません! 明日も1日お休みです! サブマスター命令です!」


「えっ!」


 突然の職権濫用!?


「ああ、ゆっくり休んでくれ。これからは週に2日、しっかり休めるように業務を調整するぞ」


「ええっ!」


 なんということでしょう。

 異世界にきて2週間、私は初めての休日を手に入れてしまったらしい。


 っていうか、社会人になってから1日仕事をせずに過ごした日があっただろうか。いや、ない。


 ……え? あれ? 休日って、何して過ごせばいいんだろう。誰か教えてくれませんかね。

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୨୧┈┈┈┈┈┈ 6月1日連載開始┈┈┈┈┈┈୨୧

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サッチ、社畜適正高すぎる……。
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