第98話 【浄化】の効果
「サチさん、一体どうするつもりですかい?」
闘志を燃やす私に押し切られる形で、ミックさんは私に全て一任してくれた。
どうやらこの世界には瘴気が含まれるかを測定できる道具があるようなので、処理が終わったものはしっかりと測定器でチェックをしてもらうことで話がついた。
ローランさんも私が安請け合いをしたと思っているようで、かなり動揺している。
それも仕方がない。
だって、瘴気を浄化できるのは【聖女】の【天恵】を持つ者――つまり、梨里杏だけなのだから。
でも、私もどういうわけか【浄化】の固有スキルを取得している。
瘴気を浄化すれば食用として流通させることができる魔物たちがいるのに、力を使わずに処分されるところを見過ごすわけにはいかない。
「ローランさん、とにかく瘴気については私に任せてください。考えがあるんです。ローランさんは綺麗な魔物の処理をお任せします」
「それはいいですけど……いや、分かりやした。サチさんを信じやす」
ローランさんは躊躇いを打ち払うように首を振ると、信頼の篭った目で私を見てくれた。
ローランさんには【浄化】のことは話していない。なのに、こうして信じてくれることが嬉しい。彼の期待に応えられるように、頑張らないと!
私たちは頷き合うと、早速手近な氷を作業台に運んだ。
魚型の魔物を氷漬けにしている氷は、鑿を打ち込めば簡単に砕ける特殊な仕様となっているとのこと。
ミックさんに教えられた通りに鑿を打ち込むと、パキンと澄んだ音がして氷が砕け散った。
ミックさんに瘴気の測定器を貸してもらったので、一見黒ずんでいない魔物も測定器を通して確認する。
「こいつは大丈夫ですぜ。こっちに運びやす」
「お願いします!」
次々に氷を割り、測定器を使って振り分ける。ざっと十匹に一匹は黒く禍々しい瘴気に体を侵されているようだ。
作業用の分厚い手袋をつけて、魚型の魔物に向き合う。
チラリとローランさんに視線を向けると、一心不乱に作業を進めている。
食用とはいえ魔物なので、その鱗はかなり硬く、加工して防具に使われるものもある。魔物解体師である私たちが呼ばれたのもそのためだ。普通の人では到底食用の身を切り出すことはできないからね。
捌くにはコツがいるのだけど、流石はベテランのローランさん。見知った魔物ばかりというのもあり、手際よく作業を進めている。
鮮度が命なので、処理をしたものからどんどんと運び出している。受け取った組合員の人が然るべき場所に運んでいってくれるのだ。
「さてと……まさか、使う機会が来るなんてね」
私は黒い瘴気に視線を落とす。こうして目の前にすると、臍の奥から不快感が込み上げるようで、本能的に危険なものだと感じ取っていることがよく分かる。
ふうっ、と息を吐き出し、オリハルコンのナイフを取り出して構える。
(【浄化】しながら、素早く……【解体】!)
カッと目を見開いて、目の前に横たわる魔物にナイフを突きつけた。
『固有スキルの使用を確認。対象から瘴気を【浄化】します』
黒く穢れた箇所に切っ先が触れた途端、ジュワッと瘴気が黒いモヤとなって消えた。間髪入れずに魔物をスパパァァン! と【解体】してしまう。
【浄化】を使うと僅かに光が漏れてしまうみたいね。でも、高速作業で誤魔化してしまえば気にならない程度だわ。
さて、本当に瘴気を【浄化】することができたのだろうか。
何せ初めて使ったスキルだから、ドキドキしながら測定器に通す。
測定器は、対象に瘴気が含まれていないことを示してくれた。
よかった。ちゃんと【浄化】できた……!
「――よしっ、次っ!」
そうと分かればどんどん作業を進めましょう!
私とローランさんは、氷を割っては解体し、を日が暮れるまでひたすらに繰り返した。
◇◇◇
「いやあ、それにしても……聖女様の力ってのは本物みたいですね」
一日目の作業を終え、組合が経営する宿屋兼酒場で夕食を取っている時に、ローランさんがしみじみと言った。
ドッキィと心臓が跳ねたことがバレないように、私は慌ててジョッキを傾ける。
「そ、そうですねー! 聖女様が湖を浄化してくれたって聞いたので、きっとその効果は湖の近くに位置する組合の倉庫にも波及していると思ったんですよお! あはは、予想が当たってよかったです!」
ひくひくと頬が引き攣る。
我ながら無茶な言い訳だとは思うが、私が【浄化】できることは内密にしないといけないので、聖女の力の効果で押し通すことにしたのだ。
綺麗さっぱり瘴気が消え失せた解体後の魔物を見て、ミックさんもローランさんも驚きを隠せない様子だった。
でも、必死で『聖女様はすごいなー、さすが聖女様のお力だわー』と言い含めた。
瘴気を浄化できる存在は聖女だけ。
それはこの世界の常識でもあるので、実際に瘴気が消えた魔物を前にして、二人は私の言い分を信じてくれた。
実際に、聖女という存在は随分と尊ばれているらしい。
今だって、酒場のあちこちで、聖女様が湖を綺麗にしてくれた、勇者様御一行万歳、聖女様最高などと称賛の声が聞こえてくる。
私の仕事が梨里杏の手柄になるようで少し癪だけど、スキルを隠して大量の魔物が処分されることはどうしても見逃せなかったんだもの。
私の小さな意地と見栄より、目の前の食材の方がずっと大事。
おかげで品質が確認された素材たちは街の料理店を中心に運ばれていった。
廃棄されずに済んで本当に良かったわ。
「この調子で行けば、予定よりも早く帰れるかもしれないですぜ。明日からもがんばりやしょう」
「はいっ!」
チンッとジョッキを合わせた私たちは、同時にエールを飲み干すと、お勘定を済ませて建物の二階の宿へと向かった。
ここのお宿は庶民的でどこか安心感を抱く。
建物は木造で、木の目が温かい。
階段を上がりきり、ローランさんと別れてから、鍵に書かれた番号の部屋を探して廊下を進む。
「あった、ここね」
部屋は木のベッドと机と小さなクローゼットというシンプルな構造になっている。しっかり防音設備が整っているようで、階下の喧騒は聞こえてこない。
「ピィちゃん、出てきてもいいよ。窮屈だったよね。さあ、どうぞ。たっぷり食べてね」
「プッハ! キュアッ! ガツガツッ」
「ふふ、いい食べっぷり」
ピィちゃんはいつも通り廃棄対象の切れ端をパクパク食べて処理してくれた。でも魚型の魔物は食べれる部位が少ないので、さっきからピィちゃんの腹の虫が空腹を訴えてきていたのよね。
酒場で持ち帰り用に数品包んでもらったので、早速机に広げてピィちゃんに食べてもらった。
「ふう、お水もらってこようかな。ちょっと待っててね」
「キュアッモグモグ」
ピィちゃんに断りを入れてから酒場に降りてお水を一杯いただいた。お風呂はついていないので、以前にマリウッツさんとのクエストで用意したドライシャワーを使うつもり。
さて、部屋に戻ったらドライシャワーでスッキリして、もう寝ちゃおう。明日も朝が早い。
そう思いながら階段を登っていると、上から誰かが降りてきたらしく木造の階段がギシッと軋んだ。
顔を上げた私は、思わず息を呑んだ。
それは相手も同じだったらしく、まんまるの目が溢れそうなほど見開かれている。
プルプル震える手で私を指差し、信じられないとばかりに口を開いた。
「な、な、なんで……なんで、おばさ「お姉さんね!!!」」
一度しか顔を合わせていないけど、見間違うはずがない。
私の目の前にいたのは、噂の聖女様――田中梨里杏その人だった。




