第44話 絶対に大丈夫②
その後、会議室には、子恋と渚の姿があった。
愛依の書き上げたレポートを読んでいる。
インカムに紅葉ヶ丘の声が入った。
「村の方はどうするんだ。英雄さんがアピちゃんを引き渡してそれっきりじゃあないの?」
「「あ!」」
子恋と渚が顔を見合わせた。
そうだ。愛依と英雄さん、自艦のことで頭がいっぱいだったが、村の被害状況などは完全に失念していた。
アピちゃんだって、家の床下収納に隠れていて敵兵には会っていないそうだが、詳しい話は英雄さんに聞いただけで、無事を確認したわけではなかった。
「どうしよう。逢初さんもケアしなきゃだし」
「光莉と陽葵、ふたりで行くべきだよ。村からしたらこっちは紛れもない絋国軍艦なんだから。村長と面識のある陽葵、艦のトップである光莉、ふたりで行くべきだ」
「そうよね。ありがとう澪。逢初さんが終わったら、夜にでも村に行きましょう」
と答える子恋に、さらに紅葉ヶ丘が続けた。
「その逢初さんだけどね。検査データが出てきたよ。でもAIがやるのはココまで。本当はドクターがこれを見て診断しなければならないんだけど、医師役の逢初さんが当事者じゃあね」
子恋はPCにデータを受け取る。
「検査結果見るのが怖いわ。‥‥‥‥でも今回の作戦は、搭乗員ひとりひとりの素性や行動をかなり厳粛に調べ上げた上で運営が選考してる。軍艦に乗せるんだから当然なんだけど。逢初さんが裏切るとかはありえないこと。でも敵兵と濃厚接触して、薬物、洗脳、教唆をされたとすると、難しくなっちゃうわね」
渚が、がっくりと肩を落とした。
「ごめん。光莉。英雄さんと暖斗くんを艦に向かわせなければ。わたしの判断ミス。それにあの時彼女をしっかりホールドしていれば、敵兵の家なんかに‥‥」
「それ言うなら、村への派遣部隊の編制はわたしの責任よ。こういうことね。私達が将来幕僚になれば、私達の命令、判断ひとつで部下の人の運命が変わる。――こんなにも簡単に」
「もし、逢初さんに何かあったのなら、私‥‥‥‥」
渚は涙声だった。
「だめよ。陽葵。泣いちゃだめ。もう起こってしまった事なのよ。見て。逢初さんのレポート。村のお風呂覗かれてたって。暖斗くん達が村を離れたのを把握しての敵の仕掛け。私達の完敗だわ。でも、国防に終わりはない。泣くのならあなたには帰ってもらうわよ」
「わかったわ。光莉」
うつむいた前髪の下で、渚陽葵はくちびるを噛みしめた。
「まだ、希望はある。彼の、人間力頼りなのだけれども」
子恋光莉は、そう言った。
彼女のくちびるも、固く閉じられていて。
そして、その声は、涙声だった。
***
眠った僕は、夢を見ていた。これって夢ってわかるタイプの夢だ。
きれいな夕焼けだった。空一面、オレンジの雲が輝いている。僕は、この夕焼けに見覚えがある。ほら、父さんがとなりで僕の手を引いてる。あの、鳴沢さんの一件の帰り道だ。
父さんはよく夕焼けの見える、公園の少しだけ開けた所を選んで腰かけた。促されて僕も座る。僕が、まゆほちゃんをキズつけてそれを謝った、その帰り道だ。
あれからもう何年も経つけれど、この夕焼けよりきれいな夕焼けを、僕はまだ見たことがない。
これって、原風景、っていうのか。
そうだ。この後父さんは僕に話かける。当時の僕には、まるで意味がわからなかったけれど、今なら少し、父さんの問いに答えられる気がする。
そう、この旅をしている今の僕なら。
ほら、父さんが足もとの小石を除けた。この後だ。父さんが僕にあの事を問いかけてくるのは。
「なあ、暖斗」
ほら。やっぱり。
***
眠ったわたしは、夢を見ていた。
自分で夢を見ていると自覚がある、いわゆる明晰夢だ。
白いもやの中を歩いていくと、やがて家が見えてきた。わたしはこの家に見覚えがある。しぶしぶ家の中に入ると、「彼」がソファに座っている。あの時と同じだ。
この後、「彼」がわたしに話しかけてくる。
あの時のわたしは、気が動転してたかもしれない。確かに、白いケムリの効果があったのかもしれない。上手く受け答えができなかったのだけど、今ならもう少し上手くやれる気がする。
ほら、「彼」がソファから立ち上がった。この後だ。「彼」が、わたしにあのことを問いかけてくるのは。
「ねえ、お姫様」
ほら。やっぱり。
***
「確かに、3F って女子だけじゃ来にくいけど」
そう言って、うたこ――桃山詩女はため息をついた。
今、私――浜一華は、彼女とふたりで、3Fに行くべく、2Fの中央エレベータのドアの前にいる。
昨日オペのあと医務室で一晩過ごしたが、暖斗くんは医務室に私がいるので臨時に3Fの自室に移されて就寝したという。今朝、アノ・テリアで退院することを彼にメールしたら「あらためてお話したい」と返事があった。
私はうれしかったけど、同時に困ってしまった。果たして暖斗くんの部屋で、会話が持つのだろうか?
そこで、我が親友に助けを求めた。
「でも、私がいっしょに部屋に入るのはどうかなあ。呼ばれたのはいちこなんだし。暖斗くんの隣の部屋って、アルファルファの野菜工場にしてるんだよね? じゃ、私はそこにいるから、それでどう?」
うたこはそう言ってくれた。十分ありがたい。
「暖斗くんは、あ、逢初さんのこと、下の名前で呼ぶようになったんだから、わ、私も、下の名前で呼んでもらおう‥‥かな」
「そんな、肩に力入れないほうがいいよ。暖斗くんだってホントは医務室で寝てる感じなんだから。それに、たぶん元気ないよ?」
「うたこ‥‥! アンタ、私のこと応援してくれるんじゃなかったの? ま、まさか、裏切る気じゃあ?」
「そんなことするわけないじゃん。ただ、暖斗くんの、相手の顔はよく見て、相手の気持ちはよく考えないと。いちこはすぐ暴走するから」
「『殴られそうな所を、身を挺してかばってくれてありがとう。あらためてお礼を言いたい』って、メール見たでしょ? は、暖斗くんからの」
「じゃあいちこもあらためて、『タンコブはだいぶ腫れが引きました』ってちゃんと報告すれば?」
「うぅぐぐ」
うたこにからかわれながら、3Fの暖斗くんの部屋の前まで来てしまった。
「じゃ、私はココにいるから。いちこ、がんばんなよ!」
といって、うたこは暖斗くんの右となりの部屋のドアを開けた。アルファルファ――菜摘班の私たちが摘んできた野草だ。
部屋にはその育成装置が並べられており、植物にはLEDの光が当てられていた。
うたこは、そのケースの一つに腰かけると、スマホを取りだした。
私は深呼吸をする。もうすでに心臓がバクバクしてる。あの私を殴ったチ‥‥おっと、言葉使いが良くない。あの、英雄さんと対峙した時よりもドキドキしてる。
「浜です」
とインターフォンを押して言った。
この、名字で名乗りが、この部屋を出る時には、下の名前に替わってるかと思うと、さらに私の心臓は高鳴った。




