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第44話 絶対に大丈夫①

 




 仲谷(なかたに) (やよい)さん。



 この戦艦ラポルトには、「特別枠」で選抜されてる。

「特別枠」は、運営が設けた、通常選抜とは別で選ばれるひと枠だ。



 実は、僕と麻妃(マッキ)の小学校時代の同級生が選ばれる予定で、もう内定してたはず。僕も麻妃も楽しみにしてたんだけど、直前でこの子の方が選ばれてしまった。


 麻妃はその子と今も大親友で、すごく残念がってたけど、――まあ、仲谷さんを恨んでもしょうがないよね? 運営が決めたことなんだから。



 ちょうど初島さんと来宮さんはオペの予備人員に呼ばれていたので、入れ替わりで部屋を出て行った。仲谷さんとふたりきりになる。


「ミルク、飲みますよね。厨房と医務室はつながってるでしょう? 逢初さんがたまに厨房のほうに顏を出したりするんで、話したりするんですよ。ミルクも一応作り方とかはわかります。逢初さんがメモを残してるので」


 そう言いながら、ベッドの傍らに座る。


 仲谷さんは、「食事の提供」のポジションにいる。いつも厨房でみんなのゴハンを作ってるので、僕はほとんど話した事はなかった。女子会(議)とかでも、静かだよね。


 ストレートでロングの髪、切れ長の目、すごく落ち着いた雰囲気の女性だ。――そう。この人は女の子、とは言い難い。大人の女性って感じの空気をまとっているよ。




「心配ですね。浜さん――」


 仲谷さんは僕の口もとにミルクを運ぶ。正直、愛依以外の人からミルクを、というのは恥ずかしいハズなんだけど、仲谷さんはあっさりそのハードルを越えてきてしまった。


 彼女には、一切の動揺や照れ、からかいや冷やかしが無かったから。


 愛依もそうだったけれど、普通同級生の男に「はい、あ~ん」でミルクを飲ませなきゃならないとしたら、どうだろ?

 照れ笑いしたり気恥ずかしかったり、僕をからかったりイジったりするよね? 


 仲谷さんにはそれが一切無かったんだ。びっくりするくらい、淡々と作業としてこなした。


 だから僕も恥ずかしがるヒマなんて無かった。

 まあそれ以外に、心配な事がありすぎたからかもしれないんだけど。


「浜さんは今ごろオペか。上手く行くといいね。本当は愛依(えい)の出番、なんだろうけど、あんな状態じゃあ‥‥。あ、愛依も医務室にいるけど、処置室で何するんだろ。もしかして怪我してるの?」


 早口になってた。色々不安すぎて無駄に口がすべる。




「心配ですか? 逢初さんのこと」


 仲谷さんに、すごく落ち着いた口調で訊かれた。


「そりゃあ心配だよ。アイツ――英雄さんは愛依のこと敵のスパイで確定、みたいな言い方してたけど、そんな訳ないし」


 そう言う僕に、仲谷さんはしばらく考え込んでから、こう切り出した。




「‥‥‥‥私の口からは、とも思いますが、いずれ解かる事なので、説明いたしましょう」


 そう言って、彼女は語りだす。


「逢初さんは処置室にある多重スキャナーで、その身体の検査をするそうです。私はそういう機械モノは無知に近いのですが、ファンビームCTで骨格を、位相差スキャナーで細菌叢(さいきんそう)を、エコーなど他の検知器で軟組織(なんそしき)を調べていく、と先ほど教わりました」


「へ、へえ。そうなんだ」


「細かい、擦過傷(さっかしょう)、というんですか? そういう物までわかってしまうと。そして敵兵のDNAも探すそうですね。申し上げにくいですが、それによって彼女が、本当に『無事』か、判別されますね」


「うん、‥‥‥‥そ、そっか」


 僕は緊張で生唾を飲んだ。いや、マジカルカレント後遺症で上手く飲めなかったんだけど。


 あの英雄さんがさんざん変な事を言って愛依を泣かせたけれど、本当に無事を確認しないと、くやしいけれど英雄さん(アイツ)の言うとおりになってしまう。


 僕は、くちびるをかみしめて祈った。ただ、祈るしか無かった。


 愛依の無事と、その潔白を。



「大丈夫ですよ?」



 僕の顔をのぞき込みながら、そう言ったのは仲谷さんだった。


 彼女は、あっさりとそう言い切った。そう、こんなにもあっさりと



「え? そうなの? いや、それを今調べてるって言ったばっかじゃん。仲谷さんが」


「そうですよ」


 アルカイックに彼女は笑う。


「でも、大丈夫です。絶対に大丈夫ですから、逢初さんのこと信じてあげてくださいね。それが、あなたの善性なのですから」



 なんだかよく分からないが、言いきられてしまった。‥‥‥‥なんだろう? この根拠のない説得力は? まるで彼女は、未来を予知しているみたいじゃないか?


 その後僕は、急激に眠気におそわれて、そのまま寝た。




 ***




「よかった。採血は注射器だと思ったから。じゃ、やるわね」


 渚は、愛衣の左手の中指に、ボールペン程の器具の先を押し付ける。と、そこに、米粒ほどの血液がぷくっと現れ、器具の中に入っていった。器具の中には透明の液体があり、愛依の赤い血はその溶媒と混ざりあって、ゆらゆらと溶けていった。


「ごめんなさい。まだ浜さんの処置が終わらないみたいね。ごめんね。シャワーとか浴びたい? これが済んだら着衣とかも替えられるんだけど、ね」


 と、子恋が話しかけていく。愛依は、うつむいたまま、小さくうなずいた。




 オペは、AIに入っていたデータと、紅葉ヶ丘の監修でなんとか行われていた。浜の口唇を器具で開けて、ロボットアームで創傷部位に炭酸ガスレーザーを照射していく。

 このレーザーは直径0.5mm以下の毛細血管を閉鎖しながら患部を焼いていく。焼くと言っても医療として適切にだ。それに遠赤外線効果で照射部位の治癒も早いから、外傷には今できうる最善の処置だ。



 2箇所、口腔内の傷の処置を終えると、多重スキャンもおこなった。AIの情報では、壁に打ちつけた頭部にはいわゆるたんこぶが少し認められるものの、頸椎や脳へのダメージは見つからなかった。



 桃山以下、胸をなでおろした。



 次に、すぐ愛依の検査に入る。


 セーラー服姿のうつろな目の人形が、平台に乗せられて診療機器のトンネルに入っていった。




 ***




「本当にいいのね。逢初(あいぞめ)さん」


 子恋は、机を介して対面する愛依に聞いた。


 黙ってうなずく愛依。


 ここは会議室。子恋のとなりには渚、愛依のとなりには岸尾がいる。


「岸尾さんはどういう意見かしら」


 渚が岸尾に問いかけた。岸尾はひとつひとつ、言葉を切りながら訥々と話した。


「ウチは、愛依を信じる。だけど、この艦とみんなを巻き込むワケにはいかない。だから、みんなの意見を尊重したい」


「わかったわ。じゃあ、結果を見ましょう。あら、暖斗(はると)くんはもう寝ちゃったって」


 子恋がスマホを開く。そこには、会話アプリ(アノ・テリア)で実施した投票結果が表示されていた。



 13 対 1



「逢初愛依、身柄拘束の必要なし」



 と書かれている。


「‥‥結局、拘束すべき、って1票は、岸尾さんだけだったみたいね」


 画面を見ながら、渚が肩をすくめた。



「と、いう事になったよ。逢初さん。じゃあ、独房に入れたりとかは消滅したから、ここで思う存分書いてよ」


 子恋はノートパソコンを愛依に差し出す。愛依は、無言で受け取ると、すぐに文章を書き出した。


「‥‥すごい。本当に一言一句違わずに覚えているみたいね」


 渚が感嘆の声をあげる。愛依がパソコンに打ち込んでいるのは、アピの家での敵兵との全やりとりだ。30分もせずに、書き上げていく。


「じゃ、逢初さん、今夜は自室でゆっくり休んでね。岸尾さん、お願いね」



 岸尾に付き添われ、愛依は退出していった。




 ひと言も発さない愛依の憔悴に、ふたりは声も無かった。





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