第43話 左目Ⅰ③
「あはっ!」
真っ赤な口もとを拭いもせず、浜さんは笑みを浮かべながら英雄さんに近づいていく。
そう、彼女は笑っていた。‥‥笑っていたんだ。
「なんだ、急に出てきて」
英雄さんもたじろいでいる。
ここにいる全員の思考がフリーズした所で、浜さんの口が動いた。
「殴った時点で負けなんだよ。このチ○カス野郎」
浜さんは、さらに歩み寄っていく。
「な‥‥‥‥なんだ、と」
滝知山は、あぶら汗を浮かべる。
「中学生に論破されて、殴りかかってくるアンタを○ンカスと呼んだんだ。言いかえして来いよ? あ? このチンカ○が」
そう言いながら、浜さんは、白いブラウスの胸元からボールペンを取りだして。
カチリ。
「あはは♪」
英雄さんの太ももに突き立てに行く。
ゴギッ!! ‥‥ガチンッ!!
が、滝知山の裏拳で吹き飛ばされ、再び壁に頭を打ちつけた。
「あは♪ あはは!」
壁から身を起こした浜さんは、また笑った。
「ほうらね。こういうゴミはすぐ手を上げるんだ。最っっ低だよね」
また歩き出そうとして、ガクンと膝から崩れ落ちる。
「‥‥‥‥だれがチン○スだコラッ!」
滝知山は倒れた浜さんを組み伏せて、ボールペンを取り上げた、所で、日金さんが割って入った。
「上長! ヤバイっす。こんな女子中学生殴って、公けになったらまずい。この子ら民間人だ。今度こそアンタのキャリアが終わる!」
僕は呆然と、倒れている浜さんを見ていた。
「いちこぉ! ぅわあぁああん」
桃山さんが悲鳴を上げながら抱きかかえる。その光景に僕が感じていたのは、不甲斐ない自分自身への怒りだった。
愛依はキズつけられ、浜さんは殴られ。
動かせない体の中を、行き場のない怒りが右往左往していた。
こんなにも情けない。こんなにも許せない。
「‥‥‥‥ううう」
僕は、拳を握りしめ、これ以上できないくらいに、奥歯を噛みしめた。
グラリ。
足もとが傾いた。艦が大きく揺れたから。
グラリ。また揺れた。
全員のインカムに紅葉ヶ丘さんの声。
「エンジンが不安定。艦を着陸させて」
だけど操舵手の泉さんは、この場に来てしまっている。
「今は無理よ」と、子恋さんが応答する。
「村の上空でアンコントローラブルになるかも。今下りるか。村に墜落するかの二択」
と、紅葉ヶ丘さんは冷たく言い放つ。
「原因は?」
「消去法で暖斗くん。艦のエンジン出力が瞬発的に、計算外に吹き上がっちゃうんだよ。カット出来ないんだ」
「じゃあ、こっちで暖斗くん押さえるから、澪が臨時操艦して」
渚さんが艦橋へ走り出した。
「私っ舵取るよ」と言いながら。
ラポルトは村の周辺を浮遊してたはずだけど、ゆっくりと村から離れだした。だけど、足もとがすごくグラグラする。こんなの初めてだ。
「なんだ? 気持ち悪い揺れ方しやがって」
英雄さんも気にしだした。
その英雄さんに、子恋さんが進み出た。
「陸曹長殿。この艦のクルーが不調法を致しまして誠に申し訳ございません。あいにくこの艦はエンジンに不具合が発生致しまして。村はずれに緊急着陸します。陸曹長殿はどうされますか?」
グラリ、とまた床が大きく揺れる。
「上長。引きましょう。今引けば、事が小さくてすむ。向こうもそう言ってくれてます」
「ぐ‥‥こんなグラつく艦には乗ってられねえ。痛み分けにしといてやらあ」
英雄さんは背中を向けて食堂を出ていく。が、ドアの所で振り返った。
「だが小僧。てめえは別だ。てめえにはいつか戦場の作法をキッチリ教えてやる。それまでせいぜい女どもとママゴトでもしてろ。次は、女を多魔除けに使うんじゃあねえぞ」
そう言い捨てながら去っていった。
滝知山達が去ると、子恋さんが即座に動く。
「ふう。帰ったわね。じゃあ桃山さんと折越さんで浜さんを。岸尾さんと私で逢初さん。初島さんと来宮さんで暖斗くんをそれぞれフォローして。七道さん。デッキで滝知山さん達の発艦管理お願い。陽葵は泉さんと交代して発艦オペ。澪、手術の準備して。多賀、網代さんは製造デッキで澪に。仲谷さんは持ち場へ戻って負傷者込みのメニューを」
一気にここまで言うと、まず浜さんを気遣った。
「浜さん、キズは大丈夫?」
僕も、目の前で倒れている浜さんに声をかけた。
「‥‥壁にあたった時にスゴイ音したけど‥‥」
「‥‥だ、大丈夫です。私、石頭なんで。それよりも、は、暖斗くん。無事‥‥‥‥だね?」
そう言って口角を上げるけど、その口もとから真っ赤な血がひとすじ流れてくる。桃山さんがふき取った。口の中を切ってるんだ。僕のかわりに――殴られたから! くそ!
「よ、良かったああぁ」
逆に心配されて、滝知山の顔が脳裏をよぎる。
グラリ。
また戦艦が揺れた。
「暖斗くん。あなたのマジカルカレントが艦のエンジンを暴走させてるみたいなの。怒りを鎮められる? 最悪墜落するかもって」
子恋さんにそう言われ、さすがにマズイと思った。そう言えば、紅葉ヶ丘さんもインカムでそう言ってた‥‥。冷静に。冷静に。
浜さんは食堂の壁にもたれかかって、上半身を起こしていた。
「僕のかわりに殴られたんだよね? 無茶だよ」
彼女の手を取った。
「た、たぶん、男の暖斗くんが殴られるよりは、わ、私のほうが手加減するかな~と」
「浜さん! 君は‥‥」
薄暗い食堂の中でその時、彼女の左目がキラッと光ってみえた。それは涙だったのかもしれない。
***
「今、外科処置室で血を止めるから、浜さんをそこへ運んで。暖斗くん気分はどう? さ、逢初さんも医務室に行きましょうね?」
子恋さんはフル回転だった。
僕も、初島さん来宮さんに助けられてベッドに戻され、小会議へ向かった。
途中、麻妃に抱かれる様にして医務室へ向かう愛依を見た。浜さんに話しかけてたから、愛依の様子をちゃんと見れなかった。
大丈夫かな、と思いながら、その背中を見送るしかできなかったんだ。
小会議室では、入口付近にベッドを置かれた。初島さんと来宮さんは、やはり殴られた浜さんと、憔悴していた愛依をしきりに気にしていた。
どうやら、医務室の奥の処置室で浜さんの外科処置を。その後、愛依が処置室を使うらしい。
「逢初さんいなくてどうやってやるの?」
「なんか、紅葉ヶ丘さんが、診断ソフトと治療ソフト使ってAIにやらせるっス。今、3Dプリンターでオペに使う器具を作製してるんで、でき次第網代さんから連絡が入るんで。自分が受け取ってくるっス」
「ええ? それできるんなら逢初さん不要論じゃん」
「いえ。あくまで応急でってコトで。その今作ってるリトラクターって器具で口を開けて、レーザーで傷口を取りあえず止血できるみたいっスよ」
「で、私は今からそのオペの手伝いね。わかった」
そんな会話を聞きながら、DMTを降りてから、まだミルクを飲んでないのを思い出した。でも愛依はとてもそんな、人の面倒をみれる状態じゃない。一体どうすれば。さっき、滝知山さんの前であれだけ動けたんだ。今なら根性で、ストローか何かで飲めそうな気もするけど。
「ミルクを、お持ちしました」
意外だった。暖めたミルクを持って部屋に入ってきたのは、
仲谷さんだった。
※「アンブレラ」都合のいい女にすらなれない「ビニール傘女」の悲哀を描いた壮絶な楽曲です。一華さんは15人中唯一、容姿を褒める描写がない子。でも物語冒頭から暖斗を好き。――でも。 →左目Ⅱあとがきに続きます。
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